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最後の手段:深山にて
レビュー
執筆: 田中 麻帆   
公開日: 2012年 8月 09日

深山にて(改訂版) 2012/映像15分

深山にて(改訂版) 2012/映像15分

深山にて(改訂版) 2012/映像15分

  木々の繁る山の中、少女がさまよっている。彼女は歩くたび、自分の皮を破って進んでいて、後ろには分身のような抜け殻が点々と残る。これは夢の中の風景なのだろうか?

  次の場面は、日本の田舎を思わせる畳の部屋にいる少女。彼女が暗がりに目を凝らすと、うさぎ模様のカバンが生き物のように呼吸し始める。不思議の国のアリスよろしく、彼女を別の世界へ連れて行くようだ。その後、山奥で転がるおにぎりを追いかけながら、彼女がどこかに落ちていくと、実写のコマ撮りだった映像に手書きアニメーションが交錯し始める。
  少女のいる部屋はおばあちゃんの家のように懐かしげで、彼女が着ているワンピースも、冒頭の手書きの題字も、戦前の世代を感じさせるレトロなものだ。アニメーションの方は、1980年代頃のイラストや小学生のお絵かきを思わせるが、これも現在では「レトロ」な感触といえるだろう。途中、家財道具が自らの意思を持つかのごとく部屋の中を暴れまわり、少女を驚かせるシーンがある。これに象徴されるように、本作に通底するレトロさは、ポルターガイストのように不気味な要素と、馴染み深く愛着を呼び起こす要素とを同時に孕んでいる。

  夢に落ちたのか、アニメーションに変わった少女は両の目が空洞になり、そこからふさふさとした毛を生やしていて、ビルのような格子をつたって天高く駆け上がっていく。手作りの小道具のコマ撮りとアニメーションを組み合わせた映像が独特の躍動感を生み、塗りむらのある絵の具の質感がみずみずしい。
  少女が辿り着いた場所には、中国の仙人や宇宙人のような老人がふたり※1、ゲームをしていて、その背後では山水風景ならぬ天地創造が繰り広げられている。都市のビル群は一瞬にして崩壊し、山は噴火するが、その後すぐ、滝の中から新たな世界が生まれる。この破壊と再生が目まぐるしいスピードでループしている。
  最後に、畳に寝ていた少女はこの奇妙な夢から目覚める。「目覚める」とはいっても、冒頭と同じように、自分の殻を破って出てくる、という方が正しいだろう。しかも、抜け殻はあきらかにそれとわかるような皺の寄った紙の張子で出来ている。少女が目を開く様子は、最初閉じた形で描かれていた張子の目を徐々に描き足し、コマ撮りすることで示されている。つまり目は開かれるというより、ある意味、上から塗り込められている。
   この一連の映像を見終わってから、一体、実写とアニメのどちらが夢だったのだろう、と感じてしまった。実写の少女は青みがかった暗いトーンのコマ撮りで捉えられており昔の映画のように見え、むしろアニメーションの少女の方がビビッドで、しなやかに動き回っていた。また、アニメーションは「もの」である小道具とも組み合わされていたため、実写の対極にあるわけではない。
  少女が次々と脱ぎ捨てていった殻や、アニメーションにおける変身、崩壊と新生を繰り返す都市は、夢から覚醒し、一新された意識を思わせる。多くの場合、私たちは目覚めた後にはすでに、寝ている最中に進行していた夢の筋道を辿ることができない。人は夢を思い出すとき、コマ撮り映像のように、過ぎ去った夢の瞬間瞬間を繋ぎ合わせて上書きしているのではないだろうか。『深山にて』において「最後の手段」は、その展開にできる限り寄り添うため、夢の抜け殻を大事に寄せ集めているのかもしれない※2。様々なレベルでのレトロな道具立ても、折りたたまれた夢のひだをたぐり、その微細な肌触りを強調しているように感じられた。

脚註

※1 山の頂上のような場所で遊びに興じる二人の仙人の姿はまた、中国絵画の画題である寒山拾得という二人組や、生命を司る中国由来の七福神である寿老人・福禄寿を思わせる。更に、二人の老人のモチーフは、他にも様々な画題を連想させる。彼らが盤面でゲームをする姿は、中国士大夫の必須の教養として特に文人にたしなまれ、日本にも伝わった「琴棋書画(きんきしょが)」の一つである、碁盤遊びの場面として捉えることもできよう。

※2 「深山にて」は、映像作品『深山にて』改訂版(映像、15分)を中心として、撮影用小道具や原画などが併せて展示された最後の手段の個展。最後の手段は、2009年に結成された有坂亜由夢・おいたまい・木幡連による映像パフォーマンスチームで、手描きアニメーションやコマ撮りなどを用いて、ミュージックビデオやCMを制作するとともに、VJとしても活躍中。民話などをモチーフに、古本、玩具、 菓子などを素材として創作を行っている。

 

参照展覧会
最後の手段:深山にて
会期:2012年5月12日(土) -7月14日(土)
会場:OVER THE BORDER(AI KOWADA GALLERY内)
最終更新 2015年 10月 20日
 

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