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童画家 武井武雄 創造のおもちゃ箱
レビュー
執筆: 久慈 達也   
公開日: 2011年 11月 07日

[fig.1] 「童画家 武井武雄 創造のおもちゃ箱」展示風景
画像提供:清須市はるひ美術館

[fig.2] 「童画家 武井武雄 創造のおもちゃ箱」展示風景
画像提供:清須市はるひ美術館

[fig.3] 「童画家 武井武雄 創造のおもちゃ箱」展示風景
画像提供:清須市はるひ美術館

   『コドモノクニ』や『キンダーブック』の表紙絵を手掛けた童画家・武井武雄には、もう一つ別の顔がある。それは希代の造本家であったということだ。

   先頃まで清須市はるひ美術館で開催されていた「童画家 武井武雄—創造のおもちゃ箱—」展(2011年7月9日〜9月4日)は、武井の主立った仕事を過不足なく押さえ、その生涯と画業を示すという手堅い企画であった。愛らしい画風と細密な描写に彩られた童画と版画の数々に、自ずと感嘆の声がもれる。だが、もう一つの見所は、武井が手掛けた「本」にある。

   武井は自ら手掛けた本を「刊本作品」と名付けた。いわゆる「アーティスト・ブック(本の形をした芸術作品)」である。おおよそ300部限定の会員向け配本で、合計139作品を数える。現代の眼からみても驚くほどの創意に溢れた斬新な造本(ブック・デザイン)は、蒐書狂ならずとも虜にする魅力がある。

   武井の童画が活躍した『コドモノクニ』は当時としては破格の値段(50銭、一般的な絵本が10〜15銭)であった。それでも価格と品質がせめぎあう大量生産品であることには違いない。紙や印刷の制約を前に「一度でいいから自分の気の済む程のものを作ってみたい」※1という欲求が出てくるのは無理からぬこと。制作に3年を要したという渾身の銅版絵本『地上の祭』(1938)にてその思いはひとまず遂げられるのだが、武井は本の制作を止めなかった。いったい何が彼を本作りへと駆り立てたのだろうか。

   造本の仕事とは、表紙やカバーの意匠はもちろん、使用する紙や製本の種類、本文の文字組など本全体の設計図を描くことである。通常、本の内容がまず先にあって、それに相応しいデザインを考えていくものだが、武井の場合、素材や表現形式が先んじる。麦わら細工を用いるのであれば『ストロ王』(1960、麦わら細工は英語でstraw work)、寄せ木の技を使うなら、『木魂の伝記』(1957)という具合である。

   素材や技術を出発点に本を構想するという武井のやり方は、彼の刊本作品が「本の美」に、新たな技法を取り込む実験であったことを示している。羊皮紙の風合いを思わせるSベラン(いまでも上製本の表紙等に用いられる)やセロファン、フロッキー(植毛印刷)などの新素材から、寄せ木細工や友禅染めといった伝統工芸まで、武井は幅広く造本に取り入れていった。

   表現の工夫も怠らない。画面をアナモルフォーズ(歪曲画)にして、付属の円柱にて絵をみせる『湖のひと』(1967)は、まるで湖面に写った人影をみるかのような趣向である。絵のみで構成された『ARIA』(1954)では、「親類」と呼ばれた頒布会員に絵に相応しい文章を考えてもらうという企画も行った。武井の絵を伴奏に、会員に文章の「アリア」を歌い上げてもらおうという洒落た遊びである。

   武井は著書『本とその周辺』(1960)で、本の将来を予見的に語っている。「本の中にはビデオテープがビデオシートに進んだのが綴じ込まれてあって」※2と指摘する様は、ハイパーリンクを辿るオンラインでの読書体験や動画を組み込んだ電子書籍に近い事象を捉えており、興味深い。武井の刊本作品は「本の美」に対する飽くなき実験であったが、本という多義的な媒体が本来的に有している「不確かさ」故に、オブジェとしての無限の可能性が与えられていたということだろう。

   今日、本という存在が大きく揺らいでいる。断裁され、電子化され、モノとしての価値を失っていく一方で、「ジン(zine)」と呼ばれる少部数の自費出版本が人気だ。デジタル技術の浸透によって「自分で作れる」環境が整ったことに加え、細分化された価値がこの流れを後押ししている。作りたいものを作り、知りたい世界を追い求めるための外的な感覚器がジンならば、武井の刊本作品は「美しきオブジェ」へと向けられたそれである。

   本の在り方の「不確かさ」が可視化された今、時代を超える美しさと技術的な実験が交差する武井の刊本作品とそれを巡る取り組みは、「創造のおもちゃ箱」として鮮やかな輝きを保ったままである。

脚注

※1 武井武雄『本とその周辺 改版』中央公論新社、2006年、22頁。
※2 前掲書、67頁。

参照展覧会

童画家 武井武雄 創造のおもちゃ箱
会場: 清須市はるひ美術館
期間: 2011年7月9日(土)-2011年9月4日(日)

最終更新 2011年 11月 14日
 

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