編集部ノート
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執筆: 石井 香絵
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公開日: 2011年 7月 19日 |
鶯セヴーチ作品展は、それまで絵を描く習慣の全くなかった鶯が2010年の暮れにiPhone用のお絵かきアプリを使って突然描き始め、Twitterに発表し始めてからわずか半年余りで実現した初の個展である。会場には短期間のうちに量産された約300点もの絵画と写真作品が並ぶ。どれもiPhoneから出力した印刷物である。 入り口で最初に目にするのが写真作品の展示だ。半分が食べ物、もう半分が一人の男性を撮影し続けたもので、被写体は純粋に「好きだから」という理由で選ばれている。この「食べ物が好き」「◯◯さんが好き」という至極ありふれた感情からなるはずの作品群がまず、人を落ち着かない気分にさせてしまう。食べ物をあまりにも至近距離で撮影しているからだ。パスタや玉子焼き、ひき肉やちらし寿司が画面いっぱいに明るく写し出される様を見ていると、普段よく見ないで口に入れてきたものを直視させられている気持ちになる。それどころか被写体がやがて体内に取り込まれ血肉となるべき物質として生々しく見えてくる。鶯にとって「好き」という感情は対象を凝視する行為と直結しており、自己愛ゆえについ目を逸らすといった態度は皆無であるようだ。このことに気づくと、食べ物と交互に展示されている男性にも何か常人離れした感情が向けられているように思えてくる。事実男性の写真だけ、購入されるのを拒否するかのように他の作品の10倍以上の値段がつけられている。 奥に展示されている絵画作品にも、写真と同じことが言える。鶯が絵を描き始めたばかりとは思えない程作風が確立しているのは、ある程度絵心があったことは別として、こうした自己愛に守られない真っ直ぐな視線を元より身につけていたために他ならない。実際に絵画作品に多く登場する自画像にも似た女の子のうち、楽しそうな表情は一枚も見当たらない。POPな作風とは裏腹に、何かに深く傷ついているように口を固く閉じ、じっとこちらを見つめている顔や、目を見開き大口を開けて涙を流している顔、首が切れている顔、青い色をした顔といったものばかりが続く。動物や食べ物等の自作のキャラクターもかわいく仕上げられたものはほとんど無く、どこか不穏な部分が残る。昨年初めて絵を描こうとした時、何を描いていいかわからず目を閉じた時に瞼の裏に映る光の残像をなぞったというシンプルな作品群は、目を閉じてもなお何かを見つめ続けていた鶯の性格が良く表れているようだ。 ある人の才能が新しい表現手段を得て、一気に噴出した実例が本展ではないだろうか。
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最終更新 2011年 7月 19日 |