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伊藤公象:秩序とカオス
レビュー
執筆: 小金沢 智   
公開日: 2009年 9月 03日

fig. 1 ≪凍土花≫1988年 陶土|w720×d358×h285mm 画像提供:世田谷美術館

fig. 2 ≪アルミナのエロス(白い固形は…)≫1984年/2009年|東京都現代美術館蔵|画像提供:東京都現代美術館

fig.3「伊藤公象: 秩序とカオス」展覧会風景より(東京都現代美術館、2009年)撮影:内田芳孝|画像提供:東京都現代美術館 左:≪土の襞-青い凍結晶-≫2007年|作家蔵 右:≪木の肉・土の刃Ⅱ≫1993年|愛知県美術館蔵

冒頭から他館の話で申し訳ないが、東京都現代美術館の「伊藤公象 WORK 1974-2009 秩序とカオス」(2009年8月1日〜10月4日)を見て後日、世田谷美術館を訪れ、同館にも伊藤公象の作品が収蔵されていることに気がついた。基本的には常設展を行なう二階の、展示室から展示室に抜ける間の通路の外に目をやると、伊藤の≪凍土花≫(陶土、w720×d358×h285mm、1988年)[fig. 1]が展示されているのだ。伊藤によれば「凍土」のシリーズは「粘土を泥状にしたものが凍っていって形を作る、それを焼いて形を留める手法」※1 によって作られており、奥の壁にくっ付けられている丸みを帯びたそれらはフェンスに絡みつく朝顔のようにも見える。カタログから世田谷美術館で1991年に開催された「野生の復権−開館5周年記念・コレクションからのメッセージ」展出品作品とわかるが、同展がコレクション展であるため、世田谷美術館に設置されたのはそれよりも以前なのかもしれない。※2

なんにせよ、設置から20年近くも経つ≪凍土花≫は屋外展示ということもあり、雨風に晒され所々汚れ、雑草が周囲に繁っているような有様だ。けれども私はここで、作品の決して良好とは言えないコンディションについて言及したいのではない。そうではなく、美術館という徹底的に管理された空間とわずか一枚のガラスを隔てた場所で、伊藤が土から生み出した作品が、再び自然に還っていく動的なプロセスが今まさに展開されていることを指摘したいのである。私にはこの作品が、東京都現代美術館でのタイトルに掲げられている「秩序とカオス」をより体現しているように思われたのだ。

「伊藤公象 WORK 1974-2009 秩序とカオス」は、伊藤の1974年から2009年にかけての制作の軌跡を見ることができる貴重な機会である。展示室だけではなくアトリウムや中庭を積極的に利用した展示は[fig. 2]、既に指摘したように後者は展示上のノイズが顕著ではあるが、※3 それでも伊藤の制作が一貫していることを見せつけたと言える。そうかといって、凍らせる、ないし乾燥させるという過程を経た土の表情はまさしく千差万別であり、それはホワイトキューブの展示室に整然と横並びに展示された≪土の襞−青い凍結晶≫(2007年)[fig. 3]を見れば明らかだろう。表面にあらわれているのはまるで植物や鳥類を思わせる造形であり、それらは伊藤というよりは自然現象が生み出したものだ。しかし、こういうものを作りたいという意思は制作の初期段階であるはずであり、それゆえ展覧会を見渡してわかるのは、伊藤が自然という決して完全にはコントロールできない事象を制作に取り込みながら、それでも自分の作品を作ってきたという事実にほかならない。

だが、である。本展でも行なわれているように伊藤は自作を美術館やギャラリーだけではなく屋外に展示することで、自作を制作上だけではなく展示上でもコントロールできないもの(=カオス)の支配下に積極的に置いているのだ。確かに、ホワイトキューブの中に整然と並ぶ作品は見栄えもよく美しい。けれどもそれらは、コントロールされたものの美しさでありそれ以上のものではない。だから伊藤はさらに、自身の〈美しさ〉を懐疑するかのように、カオスを取り込むのではないか。中庭に展示された≪土の襞 踊る焼凍土≫(2008年)は、会期中雨風に晒されることで、世田谷美術館の≪凍土花≫がそうであるように当初とは違う姿を最終的にはあらわすだろう。いや、会期中だけではなく、私はこのような作品こそ展覧会期間だけではなく会期終了後も恒久的に設置されることを望みたい。作者の見知らぬところで変貌を続ける作品を見るのは、かくも刺激的なものなのだから。


脚注

※1
「「海に化粧する」造形・せん茶・俳句のコラボレーション 新美術新聞11月15日号掲載記事から」http://www7a.biglobe.ne.jp/~ikka/uminikeshousuru.pdf
※2
茨城県陶芸美術館 井野功一、東京都現代美術館 森千花『伊藤公象 WORK 1974-2009 秩序とカオス』、p.85、美術館連絡協議会、2009年
※3
小金沢智、「編集部ノート 伊藤公象:秩序とカオス」、カロンズネット、2009年 http://www.kalons.net/j/news/articles_667.html
最終更新 2015年 11月 03日
 

編集部ノート    執筆:小金沢智


陶造形の作家として今もキャリアを積んでいる伊藤公象の大規模回顧展。土を素材にその収縮や亀裂といった自然現象を取り入れた作品が空間に応じて展示されているが、注目すべきはその展示空間が企画展示室B2Fだけではなく、屋外であるパブリックスペースの中庭も含まれている点だ。ただ、アトリウムや中庭などのいわゆるホワイトキューブではない、床や壁面の素材が存在感を放つ空間で展示される作品と、白を基調にした空間に展示される作品の見え方はどうしても異ならざるをえない。後者を見てしまうと、前者のノイズが気にかかるのだ。そうは言っても展覧会が終止一貫したイメージを保つのは、何より作品の力による。


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