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山下麻衣+小林直人:The Small Mountain
レビュー
執筆: 平田 剛志   
公開日: 2009年 7月 30日

fig. 1 ≪When I wish upon a star≫2004年|DV, 02:22min., leaned screen
画像提供:Takuro Someya Contemporary Art
Copyright © Mai YAMASHITA + Naoto KOBAYASHI

fig. 2 ≪infinity≫2006年|HDV, 04:38 min.
画像提供:Takuro Someya Contemporary Art
Copyright © Mai YAMASHITA + Naoto KOBAYASHI

fig. 3 ≪『前方転回する染谷さん≫2009年|A concrete plate|DV, 01:35min.
画像提供:Takuro Someya Contemporary Art
Copyright © Mai YAMASHITA + Naoto KOBAYASHI

fig. 4 ≪Live Together≫2009年|Drawing|DV, 38min.
画像提供:Takuro Someya Contemporary Art
Copyright © Mai YAMASHITA + Naoto KOBAYASHI

    流れ星が輝いている間に3 回願い事を唱えるとその願いが叶う。そんな言い伝えがある。実際は、1秒にも満たない流れ星の発光時間に3回願い事を唱えるのは不可能に近い。だが、山下麻衣、小林直人による≪When I wish upon a star≫(2004)[fig. 1]では流れ星に30 以上の願い事を唱えるのである。そこには、流れ星が流れる時間と願い事を唱える時間とを同期させて生み出した奇跡のような時間がある。

    山下麻衣と小林直人、この2 人の作り出す作品は些細に見えて、ミラクルでコミカルな時間が込められている。小さな砂山から生まれ出るスプーン、※1 コンクリートに刻まれた痕跡、草地に残された∞(infinity)の跡、薪に彫られたアルプス山脈、※2 それらは寡黙にそこに「存在」している。そして、そこに映像、写真といったプロセスを伝えるひとつのイメージが加えられることによって、私たちはそこに起こった「事の次第」を知り、いまそこにある物質の存在を問わずにはいられなくなるのだ。
    しかし、そのイメージが作品に付随する説明的なものだと言うわけではない。むしろ山下、小林にとって、映像や写真などの記録的要素は、「How to make art」を見せるメイキングアートドキュメンタリーと言えるだろう。つまり、映画本編も作品だが、映画について撮られた映画も作品であるのと同じである。また、映画のメイキングフィルムが時に上質な映画についての映画論としても成立しているように、山下、小林の記録作品からも「作品」が生まれる「事の次第」を見せることで、ひとつの美術論として見ることさえできるのだ。

    例えば、≪infinity≫(2006)[fig. 2]を見てみよう。芝生の上に∞のマークが刻まれていく映像作品である。よくよく映像を見ると2 人が膨大な時間をかけて歩き、∞が生まれていくことに気がつくだろう。「人が歩けば道ができる」という言葉から始まったこの作品は、記号である∞を地上に残し、言葉の真実を浮き彫りにする試みである。※3
    また、長方形のコンクリートに痕跡らしきものが残された作品がある。≪前方転回する染谷さん≫(2009)[fig. 3]である。付随する映像を見れば、彼らが所属するギャラリー、Takuro Someya Contemporary Art のギャラリーオーナー・染谷卓郎氏が生乾きのコンクリート上で前方転回している映像が2 台のハイスピードカメラで捉えられた映像を見ることだろう。奇抜なパフォーマンスに見えながら、そのドキュメンタリー映像からは真剣さと緊張感がリアルに伝わってくる「生々しい」作品である。さらに、自身の顔に生息する「生物」※4 を描いたドローイング≪Live Together≫(2009)[fig. 4]に至っては、先入観なく見ればドローイング作品として納まりのいい見方で終わる。だが、併置の映像を見たとき、私たちが「知る」のはドローイングに批評性を滲ませた「見る」ことを問う作品である。

    これらを見てくると、彼らの作品には子どもの無邪気な想像のように無限のユーモアがある。それが彼らの持ち味ではあるが、そこにはユーモアの一線を越えたものがある。それは、頑ななまでに2 人が「作品」としてのかたちを求めているからである。90年代以降さまざまなパフォーマンスやプロジェクト作品が発表されたが、その多くは行為に主題が置かれており、作品としてかたちを残さないことがほとんどだった。
    だが、山下、小林の作品は物質として生み出される作品とそのプロセス・方法を提示する映像・写真などの記録作品が対の存在となっている。そこには「美術」という営みとは何なのか。「作品」が生まれる時間や瞬間、私たちの生きるささやかな日常に起こる出来事の生成と消滅を記録しようとする意志を見ることができるだろう。 それは、世界や美術が成り立つ「事の次第」を見せることに他ならない。※5
    山下、小林の2 人はそんな問いを、覚悟と忍耐を伴った行動を通して、この世界に向けて発している。それは、流れ星に願い事をするように小さい声で呟かれているかもしれない。しかし、∞(infinity)に続く問いを私たちに投げかけているのである。

脚注
※1
『A Spoon Made From The Land』2009、Video Installation, Iron Spoon
※2
『How to make a mountain sculpture』2006、Wood, C-print
※3
Infinityは「人が歩けば道ができる」という言葉は本当だろうか?という問いを実践した作品である。山下+小林の作品は、このように非常にシンプルでユーモア溢れる一つの疑問を、一般的には実行に移さないであろう領域にまで踏み込むというアプローチで制作しており、それを具現化するための地道な努力と忍耐が生む小さな奇跡を伝えようと試みている。
※4
「生物」の正体は作品鑑賞にとって妨げとなるためあえて記述しない。センセーショナルさのみで見てほしくはない作品であり、ドローイングの固定観念を揺さぶる作品である。
※5
あるいは、世界や美術が成り立つ「事の次第」を見届けることとも言えるだろう。

参照展覧会

展覧会名: 山下麻衣+小林直人:The Small Mountain
会期: 2009年5月16日~2009年6月27日
会場: Takuro Someya Contemporary Art

最終更新 2015年 10月 24日
 

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