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「隔離された”もう一つの世界”を堪能する」 山田純嗣 展
レビュー
執筆: 五色 由宇   
公開日: 2008年 9月 27日

fig. 2 FOREST-ANIMALS 08-09 (2008)、30×30cm、インタリオ・オン・フォト、ed.5
© 2008 Shinobazu Gallery

fig. 1 CHERRY TREE 07-07 (2007)、22.5x32cm、インタリオ・オン・フォト、ed.2
© 2008 Shinobazu Gallery

    山田純嗣の作品はいずれも、なにか形容詞を探そうとすることが徒労と思うほどに、ただひたすらに美しい。ため息がでるほどに優美なモノクロームの世界は、ある時は《CHERRY TREE 07-07》(2007)[fig. 1] のように取り残された寂しさを纏い、ある時は《FOREST-ANIMALS 08-09》(2008)[fig. 2] のように森閑とした中に恐々たる雰囲気を漂わせる。山田の作品は、それぞれに各々の完結した世界がある。

    この10年余りの山田の作品を見ると、独自の技法「インタリオ・オン・フォト」を用いる点では共通しているが、モチーフと構図に明らかな変遷が見られる。例えば、2色のプラスチック玉のようなものを、縞を模るように敷き詰めた《on the table #79》(1998)[fig. 3] や、りんご(をむく前のりんごから、皮がむける過程(時間の経過)、皮をむき終わった状態)※1をカンバス一面に整然と並べた《on the table #104》(1999)[fig. 4] は、この頃の山田が、実在の物をモチーフに用い、それをどのようにレイアウトするかの構図によって、何らかのテーマを表現することに注力していたようにうかがえる。

fig. 4 on the table #104 (1999)、91×200cm、インタリオ・オン・フォト、ed. 1
© 2008 Galerie Suiran

fig. 3 on the table #79 (1998)、114×178cm、インタリオ・オン・フォト、ed. 1
© 2008 Galerie Suiran

    これが、《DEPARTMENT-STORE 04-10》(2004)[fig. 5] や《on the table #201》(2005)[fig. 6] の頃に至ると、自身で制作した立体をモチーフとするようになる。そして構図も、特定のモチーフに焦点を当てるのではなく、視点を後退、あるいは上昇させ、そこから、モチーフの「周辺」まで収めた形を取るようになる。この変化について、山田を初期当時からよく知る画廊翠巒(群馬県前橋市)の梅津社長は、「実物がモチーフの場合、対象そのものにイメージ左右され、作品がそれに頼る部分が大きくなる。より自分の想像の世界を描き出すために、モチーフの立体を自ら制作することを始めた」と当時を振り返って語る。それと同時に、構図においても、モチーフ自体にフォーカスすることから、自分でモチーフの立体を制作することにより、モチーフの数や種類を「積み上げて」いき、そのモチーフが「居る場所」へ、さらには「街へ、風景へ」と、そのモチーフが「住む世界」へと視点が広がっていった(画廊翠巒、梅津社長コメント引用)。

fig. 6 on the table #201 (2005)、VOCA2006 出品作品 114x183cm、インタリオ・オン・フォト、ed. 5
© 2008 Galerie Suiran

fig. 5 DEPARTMENT-STORE 04-10 (2004)、182x122cm、インタリオ・オン・フォト、ed. 3
© 2008 Galerie Suiran

    そして今夏、不忍画廊と日本橋高島屋美術画廊Xで展示された一連の作品は、石膏の白さがさらに強烈になり、同時に、観衆の世界から完全に独立した、モノクロームの美しい「別世界」を持つまでに進化していた。

    立体の実際のメディアである石膏は、硬くひんやりとした触感と相反し、とろけ出る軟らかな液体さながらの感覚を放つ。《MUSHROOMS 08-11》(2008)[fig. 7] では、白い菌糸生物が今まさに地面からムクムクと生成されていくかのようである。モチーフは必ずしも上述の生物体そのものだけではなく、《CITY 07-14》(2007)[fig. 8] のコンクリート建築のケースもあるが、その無機質なモチーフですら、石膏の不透明な白い「有機体」がまるで全てを覆い尽くしてしまうような感覚を与える。まさに「増殖するイメージ」※2である。

    石膏の白さがより全体を支配し、視点の中に一つの世界が収められる構図になった山田の作品は、ここに至って、山田独自の技法「インタリオ・オン・フォト」の効果を改めて発揮するようになったと見られる。

     「モノクロプリントされた写真用印画紙の上に、エッチングプレス機を用いて直接刷る」※3手法によって、山田自身が手間をかけて実際に成型したモチーフのオブジェは、カメラレンズというフィルタで外界から一度遮断され、作品の世界に封じ込められる。そして、「写真をオリジナルの印画紙に直接焼付け(シルバーゼラチンプリント)、エッチング(銅版画技法)で」※4仕上げることによって、モチーフの世界との境界の膜がさらに重ねられる。

fig. 8 CITY 07-14 (2007)、50×100cm、インタリオ・オン・フォト、ed. 4
© 2008 Shinobazu Gallery

fig. 7 MUSHROOMS 08-04 (2008)、30×30cm、インタリオ・オン・フォト、ed. 5
© 2008 Shinobazu Gallery

    想像のありのままの形状に作られた立体で、山田自身が作り出した独自の世界。それは、「インタリオ・オン・フォト」の手法によって重ねられる視覚的な「膜」によって、我々の世界から隔離されたものとなる。そして、石膏の白さが際立つほど、それが我々の世界では非現実的なものであり、「別世界」である、という認識を高める。画廊翠巒の梅津社長は、山田のことを「非常に論理的に制作に挑み、発展を試みる」人物であると評している。国内外にもファンが多い山田作品の美しさは、技法と構図とモチーフ、この3点において、飽くことなく新たな試みを続ける、山田の旺盛な好奇心と挑戦への意欲が実らせた産物であろう。

※インタリオ・オン・フォト・・・モノクロプリントされた写真用印画紙(バライタ紙)の上に、エッチングプレス機を用いて直接刷る、作家独自の技法。無地の紙の上にプレス機等を通して刷られる銅版画を初めとした凹版画に比べ、ゼラチンシルバープリント特有の奥行きのある滑らかな階調と、凹版特有の紙表面にのったインクの立ち上がりによるマチエールが同時に得られるのが特徴。※5
※作品や作家に関するお問い合わせ先: 不忍画廊 Tel 03-3271-3810

脚注
※1
画廊翠巒 梅津社長による情報提供
※2
2008年1月9日 - 29日開催、高島屋美術部“VISIONS-増殖するイメージー”展パンフレット紹介文より引用
※3
2008年7月1日 - 19日 不忍画廊“FOREST”展パンフレットより引用
※4
画廊翠巒WEBサイトより引用<http://www.suiran.com/galerie/h1610/index.htm>
※5
2008年7月1日- 19日 不忍画廊“FOREST”展パンフレットより引用

参照展覧会

展覧会名: 山田純嗣 展
会期: 2008年7月1日~2008年7月19日
会場: 不忍画廊

最終更新 2010年 7月 06日
 

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