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建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの
レビュー
執筆: 記事中参照   
公開日: 2018年 4月 27日

    世界中から注目されている日本の建築。東京・六本木の森美術館にて、『建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの』が、2018年4月25日から9月17日にかけて開催されている。

    本展では、京都、妙喜庵にある千利休作と伝えられる茶室《国宝・待庵》の原寸再現、丹下健三の自邸を1/3スケールで再現した巨大模型、クリエイティブ・アーティスト齋藤精一が率いるライゾマティクス・アーキテクチャーによるインスタレーションなどを展示。100のプロジェクト、400点を超える資料という大規模な展覧会だ*1。

    現代の日本の建築は、丹下健三、谷口吉生、安藤忠雄、妹島和世などを中心に国際的に高い評価を得ており、西洋の建築にも少なからず影響を与えている。現代では、「建築物は建築家の作品である」とされており、建築をテーマとする展覧会は、建築家一個人に焦点を当てたものが多い。しかし日本が近代化する以前は、建築家の名前は重要ではなかった。明治維新以降のたった約150年間で、これだけ日本の建築が進化してきたという点には謎が多い。本展では、その答えとして、「古代からの豊かな伝統を礎とした日本の現代建築が、他に類を見ない独創的な発想と表現を内包している*2」と仮説を立てた。一建築家に焦点を当てず、古代から現代までの建築を9つのセクション(コンセプト)によって私たちに提示する。それぞれに潜む遺伝子こそが日本の建築を読み解く鍵である。

    ここからは、本展を実見した感想を説明していく。

    まず会場に足を入れると、《ミラノ国際博覧会2015日本館 木組インフィニティ》が目に入る。紀州産のヒノキを使用しており、強い木の匂いとあたたかな木のぬくもりを感じることができる。西洋建築は石造が多いのに対して、日本建築は木造のイメージが強い。これは、日本の国土の70%は森林とされていて資源が豊富であること、さらに、少人数でも修理や加工ができるといった特徴があったからだろう。木霊(こだま)が宿るとも言われており、《古代出雲大社本殿》などの寺社仏閣を中心に日本の木造文化を感じることができる。

    次に、構成要素の少ないシンプルなもの、素材そのものの持ち味を活かした繊細さと大胆さのある作品が続く。《伊勢神宮正殿》には、機能や装飾のみならず、「もののあはれ」といった日本特有の美意識がみられる。展示からは目の前にある物体を超えた何かが感じられる。このような美意識は、《鈴木大拙館》のような現代のコンクリート建築にも受け継がれている。

    日本の木の文化と美意識は、次第に工芸として発展していく。西洋建築が「観念が全体を統率する」という考え方に対して、日本のそれは「部分が説得力のある全体をつくる」という考え方を持っていた。シャルロット・ペリアンは、「ル・コルビュジエの大切な理論であるモジュールの標準化と規格化について、当時私たちはまだ実現できていなかった。しかし、日本家屋にはそれが当然のように行われているのを目にすることができた*3」と述べている。その考えを最も体現したのがメタボリズム建築で知られる黒川紀章だ。《日本万国博覧会 東芝IHI館》では、三角錐の四面体で構成されたピースで、ドームを支える構造を実現。ユニット化した設計によって、作りやすさだけではなく、分解しやすさが加味された点に注目すべきである。

    また、20世紀以降のモダニズム建築においては、「空間」という意識も強くなっていく。岡倉天心も、「部屋の実質は屋根と壁で囲まれた空虚な空間に見出されるのであって、屋根と壁そのものではない*5」と述べている。それが顕著に表れているのが《住居(丹下健三自邸)》である。ピロティ形式が採用され、2階の居住スペースの外周は透明ガラスで浮遊感がある。約300坪もある広大な敷地には塀を設けることがなかったので、近所の子どもたちが駆け回ることもあったという。

    こうした流れは現代にも受け継がれており、インスタレーション《パワー・オブ・スケール》では、最新テクノロジーによって「人間のスケール感覚の力」を体験することができる。この作品では、壁と床がディスプレイとなっており、時間ごとに茶室や都市の風景などさまざまな映像が映し出される。同じ場所に立っているだけだが、過去から現在までの異なる時間軸で日本建築を味わうことができるのだ。また、映し出される建築物は原寸再現されている。ディスプレイから伸びているレーザーファイバーの光の演出も加わり、まるで自分が大きくなったり小さくなったりしたかのような感覚になる。こうした3Dの演出を通してみると、「空間とは何なのか」と意識せざるを得ないだろう。

    日本建築の考え方というものは、日本特有のものではあるものの、絶えず外国と相互的に影響を受け合ってつくられたものである。古くは6世紀ごろの仏教伝来による影響を受け、明治以降には西洋建築の風も吹き込まれた。また、西洋建築も日本建築の考え方に影響されているため、国外からでも日本建築の伝統を発見することもあるだろう。最近では、2011年の東日本大震災以降、「社会問題や災害の中でどのようにコミュニティを形成し自然と向き合っていくべきか」が日本を中心として注目されている。長屋や寺子屋といった人との縁を重視する日本古来の公共性、木造建築から始まった自然観には、未来へと繋がるヒントがあるはずだ。本展を通して、日本建築の過去から現在、そして未来への展望を探してみてほしい。

(執筆:森場裕一)

 

《住居(丹下健三自邸)》 丹下健三 1953年(現存せず)/1/3スケール模型 展示風景(撮影:筆者)

《待庵》伝千利休 安土桃山時代(16世紀)(国宝)/2018年(原寸再現) ものつくり大学制作 展示風景(撮影:筆者)

《パワー・オブ・スケール》 齋藤精一+ライゾマティクス・アーキテクチャー 2018年 インスタレーション 展示風景 (撮影:筆者)




脚注


1 現存の建築物をそのまま展示することができないという性質上、1つの建築物に対して模型や設計図、映像などを1つのプロジェクトとして展示。

2 本展ホームページの概要から抜粋。(https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/japaninarchitecture/

3 シャルロット・ペリアン『UNE VIE DE CREATION』1998年(北代美和子訳『シャルロット・ペリアン自伝』2009年)

4 岡倉天心『道教と禅道』1906年(立木智子訳『茶の本』1994年)


参照展覧会


建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの
会期:2018年4月25(水)日-9月17日(月・祝)
会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
詳細:公式サイト(https://www.mori.art.museum
最終更新 2019年 10月 24日
 

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