福本潮子:自然布―素材からコンセプトへ |
展覧会 |
執筆: 記事中参照 |
公開日: 2012年 10月 11日 |
柔らかな布から透き通るように映し出される、ブルーの豊かなグラデーション。福本潮子の藍は、大らかで、宙を感じさせます。淡く白む光から深淵の闇へ、私たちはきっとこんな青い大気に包まれて暮らしている。科学では捉えきれない時空間と美を留め、福本の作品は見る者の本能的な自然感覚を呼び覚まします。 素材がコンセプト。基調色はブルー。福本潮子は、’70年末から日本の天然藍にこだわり、そこに“私の理想の空間意識”を求める独自の美を加え、藍染の伝統に現代感覚との革新的な一体化をもたらしました。常に素材を研究し、作品へと練り上げていく。逞しい表現とその強度は、西洋における“art”と“craft”の両概念を併せ持つ日本の“工芸”そのものを国際的に評価される対象領域へと拓き、世界を牽引する作家として活躍しています。 近年、福本は日本の希少な自然布との出会いによって、民芸への関心と考察も重ねています。対馬麻、越後縮、またはオクソザックリ(麻の糸屑を織りこんだ布)など。藍でなければ染められない強いコシ、もはや染めることもできないないほどの完璧な手績みの極薄の布。大麻(hemp)や苧麻(ramie)の糸からつくられたそれらの布は、生成の手技も伝承されなくなった、いわば絶滅種の布です。 「私と布との技術関係が、大麻のおもしろさによって変化してゆく。」 古代から江戸の時代まで、日本において麻といえば大麻と苧麻。特に大麻は、繊維採取を目的に栽培され、蚊帳や衣料、神事や縁起物と用途も幅広く、庶民の生活を支えてきました。粗く硬いイメージが固定化している麻も、灰汁で煮る・浸す、天日や雪に晒すことで、白く柔らかい大麻布へと生まれ変わります。また、江戸時代に将軍家から直接注文を受けてつくられた献上布は希少な高級品。現存するものも僅かであり、雪深い越後の長い冬に女性たちは極限までに細く薄くデリケートな麻糸を績み、ふわりと軽く皮膜のような着物を織り上げることに心身を注いでいました。 日本の素材感、かつての手績みの業が凝縮された大麻や苧麻を機会ある度に福本はコレクションしていました。そして、「自分から見えた麻の歴史と、日本を掬い出したい。」自国で発展した素材・技術でありながら、戦後の経済成長の影で保護・伝承しなければ残らないものへと急速に失われつつある麻を作品化していく仕事へと着手したのです。それは、一般的な日用品から上流階級の贅沢品にいたるまで実用範囲も広く、古くから日本人の色彩観や美意識の探求において不可欠だった藍染めの世界を探求してきた福本だからこそ気付いた魅力であり、使命感なのかもしれません。 本展では、対馬麻の人々の山の仕事着を素にしたシリーズ(‘09~)、越後縮をはじめ大麻と苧麻によるタピスリーの最新作など、約20点を展示します。本来の日本人らしさ、日本の風景とは何か。昨年、東北を襲った震災も起因して、私たちは今あらゆる生活の局面において、戦後の西洋化と日本人の感性との不協和音を改めて自問し、彷徨う転換期に生きています。福本の作品から、その今でしか触れることのできない貴重な日本の断面を実感として自らの内に織り込み、未来へと繋いでいくためにも、ぜひ本展をご高覧いただきたいと願います。 [作家コメント] ◆関連イベント: 全文提供:アートコートギャラリー 会期:2012年11月6日(火)~2012年11月24日(土) |
最終更新 2012年 11月 06日 |