飛行機を見るとき、私たちは空を見上げる。青空を飛ぶ飛行機は白い飛行機雲を残し、その速度を見せつけるように私たちの視界から素早く消え去っていく。しかし、空に飛ぶ飛行機は小さな点でしかなかったが、搭乗する時にはその機体の大きさを露わにする。地上で見る飛行機は軽やかに空を飛ぶ乗り物というよりは、重厚感のある工業製品として私たちの目に映る。
    そして旅客機や戦闘機は多くの映画や写真、デザイン、マンガ、テレビゲームなどで表象されてきた。そこに描かれるイメージの多くは戦闘的、男性的な工業製品として表象されてきたと言えるだろう。では、美術において「飛行機」はどのように表象されてきたのだろうか。試みに、近年の現代美術作品を事例に上げてみよう。デザイナーのマーク・ニューソンはカルティエ現代美術財団のためにジェット機『ケルヴィン40（Kelvin 40）』（2003）を制作し、プロダクトとしても完成度の高い飛行機を見ることができる。八谷和彦は「個人的に飛行装置を作ってみるプロジェクト」『OpenSky』（2003-）が進行中である。これは、一人乗り飛行装置（パーソナル・ジェット・グライダー）の制作を目的とし、最終的に有人飛行を行うプロジェクトである。最後に、＜原口典之：社会と物質＞展（BankART Studio NYK、2009年）ではF-4ファントム戦闘機の後尾をアルミによって実寸大に制作した『ファントム』（2009）が展示されたことが記憶に新しい。このように、美術と飛行機の関係は、実際に飛行できるかは別として多くのアーティストたちを「飛行」の制作・表象へと駆り立てている。

    さて、青秀祐による本展にはPAX-4という飛行機が展示されている。だが、青の制作した「飛行機」はこれまで見てきた「飛行機」たちとは形状や素材を異にする。なぜなら、青秀祐が制作するのは縦540mm×横410mmの「飛行機」が32機描かれた設計図とそれを実際に折りたたんだ「紙飛行機」によるインスタレーションによって構成されているからである。人を乗せて空を飛行することまで想定した近年の現代美術の作品からすれば、「紙飛行機」とはスケールの小さな児戯的な作品と感じるかもしれない。
    だが、この紙飛行機PAX-4は、ただの「紙飛行機」ではない。極薄の和紙を素材に、機体部分の鉛箔や手製の和紙デカールによって、金属的質感や重量感が演出され、機体の重量はレイヤーを一部肉抜きすることで軽減化を図り、機体のデザイン性と機能性のバランスを実現している。PAX-4は「紙飛行機」でありながら、構造設計が緻密に計算された工業製品のように造形化されているのである。つまり、青がインスタレーションとして展示する紙飛行機の設計図は、絵画におけるスケッチやエスキースのようなものではなく、「絵画」としての「設計図」ではないだろうか。本展は折り目やマーキングさえ描かれた「設計図」（絵画）が「紙飛行機」という構造体へと組み立てられる製造工程を提示しているのだ。

    設計図とは建造物・機械などの形状・機能・構造・寸法・配置を一定の決まりに従って描いた図面のことである。一般的に設計図は設計者と発注者とで合意を得るための技術文書として開示・提出され、美術作品として制作・公開・保存・売買されるものではない。つまり、設計図の価値は、そこに描かれる内容にあり、紙にあるわけではない。
    だが、レオナルド・ダ・ヴィンチが飛行機やヘリコプターのデッサンや設計図を描いたことがよく知られているように、かつて設計図と「絵画」は明確に分離してはいなかった。青秀祐は、ダ・ヴィンチとは異なり日本画の技法により紙飛行機を「設計図」として描きだす。それは、現代において分離された芸術（絵画）と科学（設計図）を再び平面上で統合を果たそうとする試みではないだろうか。ダ・ヴィンチが飛行装置を夢想・考案したように、想像力と絵画的技術が紙上に結晶されたPAX-4が、どこへ飛行するのか。私はその航跡を見続けていきたい。