久保ガエタン:Hysterical Complex |
展覧会
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執筆: カロンズネット編集3
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公開日: 2013年 5月 16日 |
児玉画廊|京都では5月11日(土)より6月15日(土)まで久保ガエタン「Hysterical Complex」を下記の通り開催する運びとなりました。久保は昨年の個展「Madness, Civilisation and I」において、思想や技術について久保がミシェル・フーコーを踏まえて「狂気」と呼ぶマイノリティ、「文明」即ち国家制度や学問の正統として世に認められたもの、そして両者の相克の間にある「自分」、という三者の対比構造から、我々が安穏と生きている日常の脆弱性や、「右へ倣え」的にスタンダードを妄信することに対する警鐘を鳴らす作品群を発表致しました。 「Transmission」シリーズと称して展開しているそれらの作品は、「オカルト」つまり「文明」の対極にある妄想/妄言の類いや都市伝説や噂レベルで流布するような、世間の常識に対するカウンターパートからインスパイアされたものです。ポルターガイストやエクトプラズム、風力発電機による振動と低周波公害、民衆を影で操作せんとする政府の陰謀論や、人工地震発生兵器の真しやかな噂など、実体や実証こそなけれども心に黒い影を落とす暗鬱とした「オカルト」が「見えないエネルギー」として人々の心に刺々しい作用を働きかけてくるのではないかと、誰しもが大なり小なり抱く戦々恐々とした心理について我々に向けて問うのです。「Transmission」シリーズは人々が胡座をかいている日常をその問いによって揺るがし、「狂気」を伝播する装置であり、「見えないエネルギー」を伝達するシステムとしてあるのです。 それらの作品を後継するものとして今回久保が見せるのは、「文明」への不信からいつか自分も「狂気」に陥るのではないかという不安のあまりに「Hysterical Complex」という得体の知れぬ病に罹患したらしい作家自身の治療を目的とした、以下に示す5作品によって構成される複合的なインスタレーションです。「Transmission」シリーズの新作に始まり、実際的な心理療法の実践と応用、フロイトの精神分析学、ユングの分析心理学、果ては降霊術の類まで手を尽くして「Hysterical Complex」の根治を目指した心理的医療行為とその終始を作品として発表するものです。
1. smoothie (「Transmission」シリーズより) 前回の個展において「見えないエネルギー」である音や周波を増幅させることでヴィジブルな振動へと変容させましたが、この作品では回転による遠心力を物体の破壊という直接的なエネルギーに転化させるという作品です。廃材によって構築されたキューブの内部に、ありがちな部屋が再現されています。強力なモーターによって抽選くじよろしくグルグルと大振りな回転をすることによって、内部空間は地震かポルターガイスト現象に見舞われたかのように大いにシェイクされます。大箱が轟音を鳴らしながら回転するという、日常においてはあり得ない現象を目の当たりにすることで、まず我々の安心の基盤である常識が脆くも崩れ去り、心の中で未知のものに対する原初的な恐怖が首を擡げてきます。
2.ローラの診断 (4つのセルフポートレート映像) ここでは「Hysterical Complex」を発症した久保ガエタンおよび、そのドッペルゲンガー的な自己投影対象としてのローラ(L\\\'Aura:オーラの意)を通した4種の心理療法が試され、自己診断すること=セルフポートレートとしての映像インスタレーションです。 2-a:箱庭療法実験 砂箱を使用した箱庭療法を受け、その過程と結果を記録映像として収録。
2-b:ドッペルゲンガー、ローラを責める (言語連想検査実験) 100の質問(言葉)に対して連想する言葉を答えていく。久保ガエタンが問い、ローラ(L\\\'Aura)が答える。実体と虚像の言葉と意識の交感。
2-c:夢の象徴、ファロス(男根神) 風船を膨らまし、膨らまし、膨らまし続けて破裂させる。フロイトの夢診断的に膨張する男性器の象徴として、そしてある種のフェティシズムの露呈。近作「ローラの泉(\\\"La fontaine de l\\\'aura\\\")」(2012年制作/発表)の女性性に呼応する作品として。
2-d:夢の象徴、国会前のUFO(原発) 原発の象徴(膨張し破裂する可能態)としての風船を、国会(権力/文明/スタンダードの権化)の目の前で飛ばす。あたかもユングのUFO(心理現象としての存在)のように、不安と不確定性を円形の中に丸く孕んであてどなく去来する様を追う。
3. Hystéra (2つの電マ装置) バイブレーター(セックス・トイとしての)は元来ヒステリーの発作にオーガズムをもって対処する治療法のための医療用具として、19世紀始めにバネや水力によるものが発明されて以来現代に至るまで流布しています。人が中に入る事の出来るサイズの巨大なボックスとマイクを用意し、マイクで拾う音声信号を強力な振動として瞬時にコンバートし、ボックスに伝達させます。発生するバイブレーションによって久保(あるいはローラ)の「Hysterical Complex」を治癒することを試みます。ボックスの中にいる人と外部から音声を振動として届ける人の二者間の関係性を心理的、視覚的に、エクスクルーシブに伝え合う装置としてのインスタレーションです。また、一人で使用する事も可能であり、その場合は自己充足的に、自分の音声が振動として箱を揺らしその振動音を更にマイクが拾う事でフィードバックを起こします。(Hyste´raは子宮を意味する古代ギリシャ語)
4. セルフのイメージ 個人的な意識の奥にある無意識よりさらに奥底にある、より普遍的な理想像をユングは「元型」(アーキタイプ)と呼びましたが、その複雑極まる人の心の全容を捉えるために円を形象的な取っ掛かりとして説明しようとしました。ユングは、その論点からUFOや曼荼羅にも関心を寄せました。UFOの多くが円盤型として目撃されるのは人々が無意識下で共有している普遍的な像を示しているのだといったように、曼荼羅もまた円を連ねて描かれるのは、精神と現象の真理を与える啓示であるからだ、という解釈です。その思考に触れた久保は、四角形の図像をUFOのように高速回転させ、円形とすることで、円形と方形の重なり合うまさに久保独自の曼荼羅(心的世界の視覚的/象徴的表出)を実現しようというのです。
5. コックリさん de ルンバ 掃除機のルンバを10円玉に見立て、会場を彷徨わせます。予め掃除ブラシのパーツを外して(去勢して)あるので、清掃機能は果たさないにも関わらず、存在意義を失ったまま動き続けます。「こっくりさん」の暴走を思わせる無制動に自律する様子を観衆に示すことで「こっくりさん」の集団ヒステリーとしての病理的解釈を引用し、得体の知れない力を目の当たりにしてざわざわとした不安で心をかき乱すようなヒステリーの疑似体験とその状態からの脱却を通過儀礼的に示す作品です。
前回「Madness, Civilisation and I」展においては、構造主義的な手法を背景に援用しつつ、自己と社会制度とオカルティズムの関係性を見事に作品へと落とし込んでみせましたが、今回の個展をその構造主義的な見地に倣って解釈するならば、世界を構築する「文明」と「狂気」の二大要素の対峙関係の間にあってすり減らされた「個人」である久保自身が「Hysterical Complex」を発症し、「久保ガエタン」としてのセルフイメージが分裂を起こして「ローラ」というドッペルゲンガーを形成し、その両者を治癒するために試されたありとあらゆる装置をインスタレーション展開する、、、という、社会構造から久保の極めて個人的な領域にまで一息に沈潜していく構図が見えてきます。「Complex」という単語が本来は複合を意味するように、精神医学でも感情複合の意とされますが、本展覧会で久保が罹った「Hysterical Complex」も、久保が抱えている社会や見えないエネルギーに対する恐怖や不安といった複合的な感情や記憶の塊が、耐えきれずに過剰反応を起こして病的に現れたその顛末なのです。また「Hysterical Complex」とは、精神的な免疫機能によって作品を内から吐き出し続け、複合的なインスタレーションとしたこの展覧会の全容をも重ねて意味するのだと言えます。つきましては本状をご覧の上、展覧会をご高覧賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。
敬具 2013年4月 児玉画廊 小林 健
同時開催: Kodama Gallery Project 38 石田浩亮「道頓堀川」
全文提供:児玉画廊 | 京都
会期:2013年5月11日(土)~2013年6月15日(土) 時間:11:00 - 19:00 休日:日・月・祝 会場:児玉画廊 | 京都
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最終更新 2013年 5月 11日 |