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自宅から美術館へ 田中恒子コレクション展
レビュー
執筆: 平田 剛志   
公開日: 2009年 12月 11日

自宅から美術館へ。先日、モデルハウスで現代美術作品の展示が行われた≪KOMAZAWA MUSEUM × ART≫※1 というアートイベントが行われたが、本展では自宅にある現代美術作品が美術館に展示される。コレクターによって大切にコレクションされてきた作品は、美術館をどのような空間に変えたのだろうか。

しかし、それらのコレクションが今展を機に和歌山県立近代美術館に寄贈されると知った時、さらなる驚きを与えられた。「自宅から美術館へ」とは、作品が自宅から美術館へ引越しをすることだったのだ。これまで自宅という空間で時を生きてきた作品たちは、美術館へ寄贈されることで、より多くの鑑賞者たちが目にすることができる。それは、作品が新たな時間を得るということである。つまり、これは和歌山県民のみならず、日本、世界中の人々へ鑑賞機会を提供するというたいへんな「引越し」なのである。田中氏の決断に心から敬意を表したい。

それでは、コレクションを収集した田中恒子氏とはどんな人物なのか。田中氏は住居学を専門とする研究者であり、長く大阪教育大学で教鞭を取りながら、「ていねいに暮らす」「美しく暮らす」という住まい方の提案を行ってきた方である。その更なる実践として「現代美術と一緒に暮らす」を提唱し、20年に渡って現代美術を自らの足でギャラリーを歩き、作品を選び、集め続けてきた。現在、コレクションは100作家以上1000点近い作品数になるという。

「自宅から美術館へ 田中恒子コレクション展」展示風景より|画像提供:和歌山県立近代美術館|Copyright © The Museum of Modern Art, Wakayama

展覧会場に入って気づくのは、全体的に小品が多いことである。そこにはコレクターその人の生活のスケール感が伺え、親しみが感じられるだろう。例えば、チャールズ・ウォーゼン、開発好明、藤浩志などによるトートバッグの作品や、パラモデルによるトミカのミニカーに串カツが乗った≪トミ串≫(2006)などユーモア溢れる作品もあり、セレクトショップを見て回るような楽しさと発見がある。

そんな田中コレクションの特色は、今村源、植松奎二、名和晃平、野村仁、パラモデルなど関西で活動する作家が多いことだろう。コレクター自身が関西在住のためではあるが、この地域性が日常の延長として美術があることを感じさせてくれる。さらに、若手作家の作品を早い時期に購入していることが上げられる。例えば、村上隆の≪Mr.DOB≫(1994)、奈良美智の≪どんまいQちゃん≫(1993)は、まだ2人が世界的に知られる前である。同じような例では、内海聖史≪眼前の黒≫(2003)、名和晃平≪PixCell-Sheep≫(2002)が上げられよう。本展出品作家では最年少となる1983年生まれの染谷聡≪緑鹿(サイクルジカ)≫(2008)も既にコレクション済みである。このように若手作家の作品を早い時期から購入することで制作をサポートしてきたその姿勢には頭が下がる思いである。また、田中氏の作品を見る鑑識眼の高さは、美術と暮らすことに費やした時間から導き出された経験値である。

美術館におけるコレクションとは、美術作品を美術史に位置付け、保存し、後世の人々に伝え、残すことにあると言える。だが、その美術館で近年、個人コレクターの展覧会が開催されることがある。例えば、≪あるサラリーマン・コレクションの軌跡~戦後日本美術の場所≫(2003年三鷹市美術ギャラリー)、≪ネオテニー・ジャパン 高橋コレクション≫(2008-2009上野の森美術館ほか)などである。これらの展覧会から見えてくるのは、コレクターの人間性である。パブリックな文脈へと回収されてしまう美術館という場に、パーソナルな視点を導入することで、コレクションが持つ意義や営みを再検証する展覧会だと言えるだろう。

そう、個人コレクションとは、一部の例外を除き、日本(世界)美術史を形成するために、コレクションされるのではない。それはもっとパーソナルで日常的なものだ。田中氏のコレクションが小品中心なのも、住居スペースや予算の問題を推測させるように、個人が置かれた条件や関心によってコレクションは行われていく。そして、コレクション作品からは田中氏のまなざしや想いが込められていることだろう。コレクションは自ずと収集したコレクターの視点や個性を浮き彫りにするのである。

私は田中氏と面識はない。だが、本展を通じて会ったこともない田中氏と作品を介して対話をするような時間を得たのである。展示空間の背後に流れるこの空気こそ「個人」や「自宅」が持つ人間性に他ならない。もしかすると美術館に持ちこまれたのは作品だけではなく、この「自宅」の空気も一緒だったのかもしれない。寄贈された作品が今後も多くの人々と過ごす時間が得られることを願ってやまない。


脚注

※1
≪KOMAZAWA MUSEUM × ART≫2009年9月12日-9月27日、駒沢公園ハウジングギャラリー

参照展覧会

展覧会名: 自宅から美術館へ 田中恒子コレクション展
会期: 2009年9月8日~2009年11月8日
会場: 和歌山県立近代美術館

最終更新 2015年 11月 02日
 

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