project N 44:吉田夏奈 |
展覧会 |
執筆: カロンズネット編集 |
公開日: 2011年 2月 18日 |
吉田のドローイングとは、線を引くことで、身体感覚で受けとめきれなかった自然の “部分”と“全体”を見直すことであるといえるでしょう。すなわち、圧倒的な存在感で目の前にあった山の稜線を辿り、恐怖と闘いながら一歩ずつ踏みしめた足下の岩を紙の上で凝視し、360度全方位から身体を包み込んでいた “気”の記憶を、忠実に画面に置き換えるのです。吉田の制作は、旅の道程で遭遇した「ありえないような風景」を写真で記録することから出発しました。そしてそれらをもとに記憶に残る場面のデッサンを描きおこし、繋ぎ合わせることでパノラミックな風景を創り出すようになってゆきました。かつて「なぜドローイングなのか」という問いに対し、吉田は「写真ではずるいような気がして」と答えています。写真の再現性にもグーグルアースの仮想空間にもない「体験的な場所のリアリティ」は、彼女自らの身体と、身体が生み出す時間をもってのみ定着させられるものなのです。 一連のドローイング制作において、吉田の関心は画面を作り上げることよりも、身体の記憶をとどめる線にあるようです。《Beautiful Limit ─》では微妙に色味の異なるグレーや赤茶色の単色のクレヨン(もしくはオイルパステル)による線が、かすかな強弱の均衡を保ちながら岩の形状の一つ一つを丹念に描き出しています(ちなみにこれらの画材は既製品を一度溶かし、吉田の求める色に調色して成形したオリジナルです)。その膨大な線の集積がCGのワイヤーフレームのような網目となってびっしりと全体を覆い、山の起伏の構造だけを露わにします。画面と手の親密な距離から生まれる緻密な線は、吉田が確かにこの山に挑み、この画面と対峙したことを二重に彷彿させます。陰影も背景も描き込まれない白抜きの画面は、線の孕む時間の重さを携えてずしりと迫ってくるのです。 吉田夏奈 YOSHIDA Kana 主な個展 主なグループ展 主な参考文献 ※全文提供: 東京オペラシティアートギャラリー 会期: 2011年1月15日(土)-2011年3月27日(日) |
最終更新 2011年 1月 15日 |
大抵の場合、人は山登りの最中に景色なんて観ていない。岩や泥に足をすくわれないように、地面を観るのがせいぜいだ。しかし吉田の生み出した100枚のパネルを並べた大パノラマを前にすると、人は踏みしめた山の地面も、周りを囲む山脈も、同時に感じることができるだろう。
会場となった長い廊下に連なるパネルに描かれているのは、クレヨンで描かれた線である。細かい線がきっちりと連なり、斜面を生み、岩の連脈を生み、大きな山が姿を現す。足元の地面は山全体に繋がっていたのかと気付かされるように、線で少しずつ捉えられた形が、しっかりとした大きな像を結ぶのが気持ち良い。広い景色の隅々にまで意識が飛んでいく感覚にクラクラしながら心地よくなっていく。圧倒される快感に浸りたい人にお勧めの展覧会。