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園子温監督映画「希望の国」
レビュー
執筆: 田中 みずき   
公開日: 2012年 11月 06日

© The Land of Hope Film Partners

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  本作は、問題作だ。東日本大震災の後の、「長島県」という架空の土地を舞台にした物語である。「福島県」とも「広島県」とも「長崎県」とも似た名前の「長島県」には、牛の牧畜を営む若夫婦と老いた両親、そしてそのご近所の家族らが暮している。ある日、大震災が起き、長島県にあった原子力発電所が爆発する。若夫婦は父親に強いられ避難し、老いた両親は家に残る。そこから、物語が始まる。
  昨年の震災から少し時間が経ち、混乱していた直後の状況を少し離れた視点から整理でき、言葉にすることできる今の時期を狙って、作られたのだろう。園子温監督は、本作の脚本によって、東日本大震災後の福島の人たちの気持ちを巧みに代弁している。家族に向けられる、無意識に愛情のこめられた語らいや、急に近しい人と離れなくてはならない時の心境から呟かれる一言、そして悔しさから叫ばれる言葉が、日常の中の食事の場面やお茶の時間、向かいあった説得の場で発せられる。わざとらしく感動巨編を狙うあざとさは、観られない。現地での丁寧な取材によって脚本が制作されたことは想像に難くない。
  そして、その言葉は、特定の誰かの視点に立って出される言葉でもない。私たちは他人を、断片的に見えた気性や態度、生業などから「善人」か「悪人」か、或は「正常」か「異常」か、単純に分別してしまいがちだが、園監督は本作で、台詞を練り、人間一人一人の善悪を等しく捉えている。放射能への対策として住居からの強制退去を言い渡す冷徹な職務を任された役所の職員にも、各々の人生があり、言葉からその人生を想像させられる。彼らが老夫婦と語らう時の言葉は、旧知の間柄から生まれる同情の気持ちが伝わってくる言葉であったり、分かり合えず挑発的な言葉であったりする。その上で、両者が繋がれる瞬間があったり、激しく断絶したりする。鑑賞者の見方や時間の経過によって、総ての登場人物の言葉や態度は、善か悪か、或は正常か異常かと判断をゆるがされていく。この映画は、ジャッジを鑑賞者に問いてくるのだ。ゆらぎは、登場人物の一見エキセントリックに感じられる行動や、彼らの発する言葉から喚起される妄想の場面でもひきおこされる。フィクションだからこそできる、現実だけでは見えない事実が、この映画では捉えられていく。東日本大震災後の日本で、ずっと言葉にすることができなかったものが映画の中でしっかりと捉えられていくのだ。
  映画の終盤、登場人物はある選択をするが、恐らくそれは多くの人を戸惑わせるものである。選択の内容はここでは記さないが、「人は前向きに生きていかなければいけない」という、社会の中で共有されている理想が崩されるものである。確かにその選択は、美化されるべきものではないかも知れない。しかし、自分が同じ年齢になり、同じ状況に立ったときのことを想像すると、当事者の心境を理解してしまう気持ちは、誰しもが実は少し持っているのではないだろうか。事実、この震災の後、同じ選択をした人たちがいた。この選択が突きつけられた私たちにできることは、その選択に対して自分が持つ感情を意識してみることと、何がその選択を強いたのかと考えること、そして、自分が何に戸惑わされているのかということに、向きあうことだろう。残酷なものから目を背けても、救われるわけではない。
   本作は、悩みの無い気楽な世界を描いたものではない。ハッピーエンドでもない。その上で、「希望の国」という本作のタイトルは、一見、非常にアイロニカルにも見える。あまりにも現状を反映させた本作を観た上で、私たちは現実の今の日本を考えざるを得ないだろう。あくまでもフィクションであることを鑑みたとしても、作品世界に共通点を持つ今の世の中は希望にあふれているわけではない。しかし、鑑賞者が「本当にこの国は希望の国だろうか」と自分に問いかけてしまう点において、鑑賞者には希望が残されるのではないか。問うて考えて生きていく中で、私たちは何度も、残酷な現実を観ていくだろう。だが、残酷な現実というものは、知る瞬間が一番怖いのかも知れない。そして、辛くとも苛酷だろうとも、直視して対処を考えて、誰かと一緒に時間を経ながら毎日は続く。当初は悲しかったことが、時を経るうちに自分の人生として吸収され、悲しみだけではない様々な思い出を生み出しながら日々を過していくことが、最期に希望に繋がることを、私は否定できない。
  この映画は、雪がただ真っ白に広がる、あるべきものが消えてしまった後の景色が茫漠と広がる心細さや、近しい誰かが居ることで嬉しくて泣きたくなるほど美しい風景を、映画館のスクリーンの大画面でこそ感じられるアングルで捕らえている。耳と体に響く音とともに、映画館で鑑賞するべき作品だ。そして、見終わった後、明るくなった上映館内を出ても、きっと観る前の自分には戻れない。正直に書くと、数年ぶりに、私は映画の観賞後に暫く座席から腰を上げることができなかった。だからこそ、このレビューを書いている。



園子温監督映画「希望の国」
公開日:2012年10月20日(土)より、各地域順次公開
オフィシャルサイト(公開劇場など): http://www.kibounokuni.jp/
最終更新 2015年 10月 20日
 

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