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Exhibition as media 2011(メディアとしての展覧会) 梅田哲也:大きなことを小さくみせる
レビュー
執筆: 黒木 杏紀   
公開日: 2012年 4月 02日

撮影:松尾宇人
写真提供:神戸アートビレッジセンター

撮影:松尾宇人
写真提供:神戸アートビレッジセンター

撮影:松尾宇人
写真提供:神戸アートビレッジセンター

撮影:松尾宇人
写真提供:神戸アートビレッジセンター

   手を触れるだけの機器類、リモコン操作の家電、人の動きを感知して点灯するライトや開くドア。間髪おかずに反応してくれるのが通常だ。その便利さに慣れていると、今回の展覧会はちょっと勝手が違った。鑑賞者がいようがいまいが何の動きもなければ、またその逆もある。見る側の緊張を見透かし、タイミングを図られているような感覚にすら、時折襲われる。その分、好奇心をかきたてられ目の前で起こっている不可解な現象にどんどん取り込まれていく。
   梅田哲也は国内外で活躍する大阪在住のアーティストである。日用品や家電を改造した装置と自然現象を組み合わせ、光や音、動きを伴う空間を作り出す。会場となった神戸アートビレッジセンター(KAVC)は、ホール・シアター・ギャラリーの発表施設と、スタジオ・リハーサル室・アトリエ・会議室の練習施設がある複合文化施設であるが、作家はこれらの空間の特性を生かしたインスタレーション作品を作り出した。

   KAVC1階の真っ白なギャラリー。実はこの空間は三重に作りこまれていた。見たところ、格子状のシャッターが下りている。展示物らしきものは何もなかった。通り過ぎようとした時、ガラガラという音が空間に鳴り響き、シャッターがゆっくりと上がり始めた。同時にシャッターと連結されていた奥の壁一面が斜めに傾き、四角形だった空間がわずかにゆがんだ。呆気に取られていると、シャッターはまたガラガラと音を立てながら閉まり、そしてまた静寂が戻る。
   次に、奥の壁の裏側にまわると、そこには細長い空間だった。天井の一部がむき出しになり、そこには職人が作り出した建物の構造や配線のあとが垣間見られる。その延長線上に手が加えられ、扇風機と思われるファンのモーターと繋がれていた。梅田は本来なら見えるはずのない職人の仕事を見せたかったのだという。※1

   さらに、二つ目の展示空間の奥の壁の裏側を覗き込むと、人がやっと一人通れるほどの薄暗い路地になっていた。おそるおそる前に進むと、カチッ、カチッ、と誰かが通り過ぎるのを待っていたかのように小さなクラッチ音がした。音の出所を探すが、ファンを外された扇風機の頭の部分が転がっているだけだ。クラッチ音との関係性が分からず、不可解さが残る。

   一見何もないように見えた空間が幾重にも折り重ねられ、一つ目、二つ目、三つ目と予期せぬ現象を体験していく中で、奇妙な感覚が胸のうちに広がっていった。

   階段を降りた。地下1階はシアタールームとスタジオが展示会場となっている。重厚な扉を押し開けシアタールームに足を踏み入れると真っ暗だった。かなりの広さがあると分かっていても、暗闇の中では足を踏み出すことがためらわれる。壁沿いに一歩ずつなんとか中に入る。目を凝らし、見えるものを探す。弱弱しい光に照らされ、巨大な風船が空中におぼろげに浮かびあがる。何の音もない。ランダムに風船が揺れている。その動きにぼんやり気を取られていると、突如カチッ、と機械音が鳴り響き、様々な音が急に耳に飛び込んできた。遮断幕がモーター音とともに上がる。揺れ動く風船の影がスクリーンに大きく映し出される。何が始まるのか・・・、と一瞬身構えたが何も始まらず、また遮断幕が閉じられていく。一点に集中していた意識が拡散する。周囲のポールや蛍のように飛ぶライトが視界に入り、改めて広い空間だったことを認識する。しばらく動く気がせず、目に入るもの、そしてその動きを延々と眺めていた。ランダムに思えた光の点滅や揺れ動く風船やポール、遮断幕の開閉などの様々な動きが連動し規則性を持つのだと理解した頃、一定の時間が経過したことに気づいた。
   外界と閉ざされた真っ暗な室内で起こる一つ一つの現象を追いかけていく体験は、作品を通して、自分の中で物語を一つ作り出したような感覚を覚えた。

   次に、同じ地下にある薄暗いスタジオに入ると、すでに数人の先客がいた。けっして広くはない機密性の高い防音ルーム、他人の吐息が近くに感じられる。蜂のようにブンブン音を立てながら飛び回るライトが緊張感を高め、ただ事ならぬ気配を漂わせる。部屋の隅には羽根布団何枚分あるのかと思うほどの小高く積まれた羽毛の山。時折、プシューッと音を立てながらコンプレッサーが羽毛を吹き飛ばす。その仕掛にも、扇風機の回転部分がタイマーとして使用され、その動きが時間と空間を支配する。ふいに、隅に置かれたドラムがブルブル音を震わせる。
   そして、次には何が起こるのか、と固唾を呑んでいたその横で、両親に連れられて来ていた女の子が、「ちょうちょが飛んでいるよ!笑ってる。」※2と無邪気に言った。

   本来なら無機質で素っ気ないモノが作り出す音や動き・・・モーター音、スクラッチ音、直線や曲線のゆれ、光の点滅、そして仕掛けが刻む時間の間隔。入り込んでしまうと不気味なぐらい感覚に訴えてくるものがある。作家が作り出した不調和音を奏でる世界のように感じていたもの、それが女の子のたった一言で、面白さと楽しさに変換した。あの薄闇の中で、怖いながらも母親に抱きつき一生懸命に見ていた小さな女の子はそう感じたのだ。何でもありなんだ!「ちょうちょが飛んでいるよ!笑ってる。」それは自由になれる魔法の言葉だった。

   階段を上って、再び1階に戻ると、思いのほか解放感があった。明るさのためか、先ほどの女の子の魔法の言葉の影響か。ホールには大きな古ぼけた時計がオブジェのように置かれている。少し離れた玄関の天井から吊り下げられている照明は、天井を這うロープで電動ポンプとポリタンクにつながる。仕掛けが作動する時間や説明など、あえて表示はされていない。タイミングも含めて作品の一部なのだ。タンクにはポンプで水が汲み上げられ、水がたまるとその重みでタンクが下がり、天井照明は上がる。連動して大きな古時計がゴロリゴロリと床を転がった。空中を自在に上下するポリタンクと天井照明。その横で古時計は時間を刻むのを忘れ、空中へと飛び上がるのに失敗した。時間が許される限り、何度も何度も繰り返されたことだろう。モノが擬人化されて見えるなんて、どうやら私にも魔法が効いてきたらしい。

   「僕の作品は美術の言葉とかが入ってくると変に難しく見えちゃうけど、そういうものをなくせば、伝わりやすいものじゃないかと思っているんですけど、どうですかね。少なくとも小さな男の子には直球でいっている気がする。」※3と梅田は語る。
   梅田の作品は大人の視点と子どものそれとではずいぶんと違って見えるようだ。いつのまに、未知のものを遠ざけ、予想外の出来事を恐れるようになったのだろう。子どもの頃には、確かにそれはワクワクするものだったはずなのだ。この小さな問いかけが一番大きな収穫となった。

※1 
会場で偶然、作家である梅田哲也氏と遭遇し、その会話の中の言葉

※2 
後で、母親と話をして年齢を聞くと1才ちょっとだという。蜂のようにブンブン飛び回るライトを指して発せられた言葉。

※3 
月刊「Meets」2011年12月号 取材・文 竹内厚氏より



参照展覧会


梅田哲也:大きなことを小さくみせる
会期:2011年11月12日(土)~2011年12月4日(日)
会場:神戸アートビレッジセンター
最終更新 2015年 10月 20日
 

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