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杵島隆:日本の四季
展覧会
執筆: 記事中参照   
公開日: 2011年 9月 30日

Copyright© Takashi Kijima | 画像提供:ルーニィ247フォトグラフィー

日本の広告写真のパイオニア、蘭写真の第一人者、「桜田門外の変」とも称されたヌードフォトの数々。様々な活動で知られ、本年2月に亡くなった杵島隆さんの作品を展示します。「日本の四季」と題されたこのシリーズは、カラーフィルムとソフトフォーカスを組み合わせ、日本人の情感や風土を現そうと試みたシリーズで、1990年から2000年頃にかけて制作していたものです。そのうちのいくつかは、印画紙を和紙に表装したものがあり、ニューヨークで展示され話題を呼びましたが、国内では殆ど発表されたことがありません。この時期の杵島さんは、歌舞伎や文楽、着物に桜などの写真を数多く撮影し伝統的な日本のかたちを著作にまとめる仕事に没頭していた一方で、故郷鳥取をはじめ、九州、奈良、新潟、そして新宿御苑など、各地を訪れては撮影を繰り返していたのです。

自然の懐へ素直に入り込むような景色によって、写真を見る私たちは、何かをささやきかけてくるように感じます。アメリカ日系2世に生まれ、日本人としてのアイデンティティを求めて特攻隊に志願するなど、日本民族と日本人の間で歯がゆい思いをした杵島さん。本人の胎内回帰に近い記憶がこのような世界を撮らせたのではないかとも思えます。本作は、島さんが愛してやまなかったこの国の理想郷、残したい日本の四季の風景と解釈するべきなのかもしれません。

本展は、和紙に表装した貴重なビンテージプリントを中心に、多彩な仕事を残す杵島さんの側面を小規模ながらも濃密に紹介するものです。

杵島隆
1920 年 米国カリフォルニア州生まれ
1938 年 鳥取県立米子中学校卒業
1943 年 日本大学芸術学部映画科卒業
1945 年 福岡県築城海軍航空基地にて特別攻撃隊として待機中に終戦。従7 位海軍予備飛行中尉。
1947 年頃より 旧軍使用の航空フィルムを利用して写真制作を再開。植田正治と出会う。
1950 年 アルス社「カメラ」月例写真で頭角をあらわし、土門拳に認められる。
1953 年 広告写真家を志し上京。ライトパブリシティを経て1956 年キジマスタジオ設立
1958 年 「裸」展開催。丸の内、桜田門で撮影したヌード作品が話題になる。
1959 年 新宿御苑にて 洋蘭の撮影許可が降り、撮影を始める。
1960 年 タイム・ライフ社「ライフ誌ゴールドメダル」受賞。
1961 年 歌舞伎座にて松本幸四郎「歓進帳」を撮影。伝統芸能の取材を始める。
1986 年 光画屏風の研究を始める。
1991 勲四等瑞褒章を授与される。
2011 年 2 月20 日 敗血症のため死去、90歳

個展 「裸」「砂の伝説」「蘭」「義経千本櫻」「菅原伝授手習鑑」「裸・1945~1960」 「杵島隆展。」ほか多数。
写真集「蘭」「義経千本櫻」「蘭・百花譜」「四季 新宿御苑」「桜の四季」「裸像伝説」ほか多数

全文提供: ルーニィ247フォトグラフィー


会期: 2011年9月27日(火)~2011年10月9日(日)
会場: ルーニィ247フォトグラフィー

最終更新 2011年 9月 27日
 

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