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忠田愛 展
レビュー
執筆: 小金沢 智   
公開日: 2009年 7月 27日

fig. 2 ≪椋森の子≫2009年
麻布・陶土・和紙・岩絵具・墨・インク・獣骨炭|SM
画像提供:忠田愛|Copyright © Ai CHUDA

fig. 1 「忠田愛展」(歩歩琳堂)展示風景
画像提供:忠田愛|Copyright © Ai CHUDA

    2007年に忠田愛の作品を初めて表参道のスパイラルガーデンで見たとき(「混沌から躍り出る星たち」)、私は多分にその作品を先進的な「日本画」として見ていたのだと思う。今思えば、描く、というよりは、焼く、削るといった手法から生まれる画面の印象の強さに魅力を感じていたのかもしれない。描かれる対象としては老人が多く、所々焼け焦げ、ひび割れ、剥落している画面はそのモチーフを立ち上がらせるのにきわめて有効だった。絵具を削り落とすことで、作品に象徴的な意味での〈皺〉—年月を与えることに成功していたのである。

    それからも個展やグループ展、イベントで、あるいは自宅のアトリエで作品を見ているが、当初の印象が大きく変わらなかった。昨年の個展「内側の他者」(gallery neutron)での一人の老人の死をきっかけにした作品から、先般千光士誠と行なったグループ展「ガソリン」(gallery wks.)での労働者をテーマにした作品への変化は生と死の振幅の広がりを感じさせるものではあったが、それらはまず対象に対する忠田の傾倒が認められるという点で共通している。

    その印象が変化したのは、今回の歩歩琳堂での個展が小品を中心にしたものだったからだろうか。神戸・元町のビルに入っている歩歩琳堂はホワイトキューブではなく、ギャラリー内には年月を感じさせる机があり椅子があり時計があり、収納がすだれで隠されているという他のギャラリーでは見ない、けれどもそれゆえに暖かみのある空間である。展示壁面は多いものの高さがないから大作には向かず、自ずと出品作品は小品が中心となる。こうしたギャラリーの要因はもちろんあるが、それでも今回の出品作は、忠田が大きな転換期にいることを予感させるものだった[fig.. 1]。

fig. 4 ≪人間の火≫2009年
蝋引き紙・鉛筆・色鉛筆白色|32.5×24.0cm
画像提供:忠田愛|Copyright © Ai CHUDA

fig. 3 ≪花暦≫2009年
ボール紙・鉛筆・アクリルガッシュ|30.0×20.5cm
画像提供:忠田愛|Copyright © Ai CHUDA

    老人や労働者といったそれだけで印象の強い作品はなくはないものの影を潜め、赤ん坊や子供、草花など、言わば一見脆弱な存在が作品に登場していることに気づく。鮮やかな色が使われている作品があることも珍しい。子供については意識して見たことがなかったためこれまでも描かれていたか記憶にないが、草花については先例を覚えている。しかし、過去の草花を描いた作品が先に述べたマチエールによって枯れつつあること予感させるのとは対照的に、今回の出品作は花それ自体の生命力が何より発露している[fig.. 2]。球根があらわになったものもあり、作家によれば今回描いている花はすべて球根を持つものだというが、地中に深く根を張るその様がより直裁に生きる力を感じさせるのだろう。子供もまた同様に、儚げだが、横向きが多い忠田の肖像を考えると正面のものが目立ち、まっすぐな眼差しは透明感がある[fig.. 3]。これまで忠田が継続して描いてきたものが一貫して〈生命〉であるとすれば、その対象の幅が広がることで、表現の仕方が多様化している。しかしその根本はぶれていない。

    一方で、阿修羅像のような、人の顔が三面同時に描かれている≪人間の火≫(蝋引き紙・鉛筆・色鉛筆白色、32.5×24.0cm、2009年)[fig.. 4]が目に留まった。写実的な人間像でありながら、かつ一部の変態が見られる作品としては舟越桂の彫像やドローイングが思い起こされる。近年舟越は人を形作りながら耳を兎のように長く垂らせたり、豊満な乳房と男性器を一つのからだに共存させたりするなど、実験的な制作を行なっている。忠田もまた、一般的な肖像とは一線を画す作品を作り出したわけだが、これも決して異貌の肖像として見られるべきものではない。阿修羅像が怪物ではないように、≪人間の火≫も、忠田が人間を描くことを突き詰めた結果の作品と想像する。鉛筆によるドローイングの生々しさと、克明な描写ではなく所々抜けがあることが、むしろ真に迫るのである。「日本画」として見ていた忠田の作品は、いつの間にかそんなジャンルを忘れさせるただ「絵画」と呼ばれるものになり、それらは壁面におびただしい数の釘穴が残る、今も多くの画家の魂が積み重ねられている歩歩琳堂で産声を上げている。


参照展覧会

展覧会名: 忠田愛 展
会期: 2009年7月11日~2009年7月21日
会場: ギャラリー歩歩琳堂

最終更新 2010年 7月 05日
 

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