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浅田政志:Tsu Family Land
レビュー
執筆: 平田 剛志   
公開日: 2010年 9月 14日

fig. 1 《7月1日 保育器の中》 画像提供:浅田政志
Copyright © Masashi Asada

fig. 2 《ラグビー》 画像提供:浅田政志
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fig. 3 「Tsu Family Land 浅田政志写真展」会場風景|2010年
画像提供:浅田政志|Copyright © Masashi Asada

fig. 4 「Tsu Family Land 浅田政志写真展」会場風景|2010年
画像提供:浅田政志|Copyright © Masashi Asada

fig. 5 「Tsu Family Land 浅田政志写真展」会場風景|2010年
画像提供:浅田政志|Copyright © Masashi Asada

fig. 6 「Tsu Family Land 浅田政志写真展」会場風景|2010年
画像提供:浅田政志|Copyright © Masashi Asada

fig. 7 《競艇》 画像提供:浅田政志
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     『浅田家』(2008年、赤々舎刊)で第34回木村伊兵衛写真賞を受賞した写真家・浅田政志の展覧会が郷里の三重県立美術館において「Tsu Family Land 浅田政志写真展」として開催された。『浅田家』は自身の家族が消防隊員、ヤクザ、泥棒、高校生、ラーメン屋、ロックバンドなど多種多様な職業に扮し、セルフタイマーによって撮影される「記念写真」である。その後、「浅田家」は兄の結婚、子どもの誕生を機に兄嫁と子どもが加わり6人家族となり、現在もシリーズは継続されている。新作写真集『NEW LIFE』(2010年、赤々舎刊)では、写真集が家族アルバムのように編集され、「家族」というテーマが前作よりも鮮明に打ち出されている。
     本展「Tsu Family Land」を貫くテーマもまた「家族」の記念である。会場はテーマパークを思わせるアミューズメント空間として構成され、浅田政志の写真作品以外に兄・幸宏によるキャラクター「リック」、父・章が描いたコウノトリ、母・順子による押し花など家族の作品が会場全体に散りばめられている。Tsu Family Landを訪れる観客たちは、「芸術写真」を鑑賞する展覧会としてではなく、アミューズメントパークのように訪れることが「記念」となる展覧会として経験することになるのだ。
     それが具体的にわかるのは「ヒストリー・オブ・浅田家」と題するセクションであろう。これは文字通り浅田家の歴史である「家族アルバム」を年表や写真によって構成したセクションである。例えば、初期のモノクロ写真によって撮られた『浅田家』シリーズ、父が息子二人の写真を使用して制作した年賀状などが展示されている。※1 このセクションを通じて見えてくるのは、歴史上の偉人ではない普通の家族の記念、出来事が歴史化されたアーカイブ=アルバムなのである。

     ところで、「家族写真」とは何だろうか。「なぜ人々はこれほど家族の過去の記憶を必要としているのであろうか」。※2 西洋においては家族を主題とした伝統的な絵画ジャンルである<カンヴァセーション・ピース>の流れから、家族写真が家族の絆の確認や理想的家族像を示すものとして撮影されてきた。※3 対して、日本の絵画は西洋絵画のように家族を表象・記念する絵画はほとんどなく、単身で描かれる肖像画が中心であった。
     明治期になると写真館の開設によって写真が一般向けに撮られ始め、大正時代以降、天皇家による皇族写真や婦人雑誌における家族写真の投稿、観光ブームなどが写真の裾野を広げていく。現代では、家族写真は写真の主流であり、観光や学校行事、結婚式、出産など、特別な記念日から日々の出来事まで、家族が経験する「記念(日)」を記録していく習慣は定着している。また、多くの家庭において、家族の歴史を視覚化・歴史化する「家族アルバム」が編まれていることだろう。つまり、「家族写真」とは、記念を視覚化し、共有・確認するための媒体として存在しているのだ。だが、「家族写真」とは家族以外の者にとっては「記念」ではない。なぜなら「家族写真が当の家族のコンテクストを離れては意味をもたない」※4からである。知らない家族の記念写真を見ることは、外部の者には共有できない「記念」が写されているだけだ。つまり、「記念写真」とは分かち合う人々の間でだけ成り立つ写真なのである。
     では、浅田政志の写真は私たちには共有できない「記念写真」なのだろうか。いや、むしろ浅田の写真は「記念写真」にしては過剰なまでに「演出」されている。なぜなら「記念写真」でありながら、被写体である家族たちがカメラのレンズを向いている写真がほとんどないからである。むしろ、映画やドラマの一場面を撮影したスチール写真のようだ。つまり、浅田の写真は家族写真、記念写真というフォーマットを参照しつつ、特定のコンテクストを持つ家族写真へと回収されない「記念写真」として成立しているのだ。
     写真史においてこれまで顧みられることのなかった「家族アルバム」。浅田はアート写真ではなく、家族アルバムを参照し、自身の作品へと応用することで、多くの観客がもつ写真経験へ接続する写真を生み出している。そもそも写真を撮る/撮られることとは、親しい人や場所を永遠に記念・記録するための行為ではないだろうか。かつて人々が写真館へ行き、我が子を、家族を撮られることを欲したこと。それは、記念を目的とした視覚化行為であり、写真館は記念の場だった。
     写真メディアが変化するのと同じく、「家族アルバム」を生産してきた「家族」も変容し始めている現代において、浅田は写真の持つ「記念」という要素を再発見させる。と同時に、本展がテーマパークとして構成されたことにより、写真を見ることの経験そのものが「記念」となる写真展として、本展は観客のアルバムに記録されることになるだろう。

脚注
※1
年賀状の写真とは、写真の周縁を研究対象としてきた写真史家・ジェフリー・バッチェンが提起した「ヴァナキュラー(ある土地に固有の)写真」として考察することが可能かもしれない。私たちのもとに毎年届く家族写真を使用した年賀状。「記念」と新年の祝賀が年賀状として合わさるこの「伝達」形式は、日本固有のものかもしれない。

※2
多木浩二「家族の肖像―記憶の修辞学」、上野千鶴子他編『シリーズ 変貌する家族Ⅰ 家族の社会史』岩波書店、1991年、p.135

※3
高橋千晶「「家族写真」の位相――家族の肖像と団欒図」『美学芸術学』第18号、2002年、p.80

※4
多木浩二「家族の肖像―記憶の修辞学」、上野千鶴子他編『シリーズ 変貌する家族Ⅰ 家族の社会史』岩波書店、1991年、p.125
最終更新 2016年 10月 09日
 

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