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「弘法さん」と、ちょうど手のひらにのせらているぐらいの仏教
特集
執筆: 記事中参照   
公開日: 2018年 5月 11日

東寺(南大門)(撮影:筆者 ※以下全て)

    京都市は今年初めての真夏日を迎えるらしい。夜明け前の天気予報がそう伝えていた。朝なのに日差しが眩しい。半袖1枚でも熱くなるのかもしれない。散歩がてらに、東寺まで出向いてみた。東寺では毎月21日に縁日が開かれている。今日は4月の21日。弘法市の日だ。京都では「弘法さん」と呼ばれている。

    東寺へ行くには京都駅から歩くのがおすすめだ。近鉄電車の東寺駅が近いけれど、どうせなら、ゆったりとした時間を過ごせる徒歩のほうがいい。京都駅の八条口を出て、油小路通へ向かい、南に歩いていくと「東寺道」という看板がある。そこを西に曲がってまっすぐ行けば、交番が見える。そこが東寺の入口だ。テレビなどで映されることが多い、南大門とは違い、こちらの門はこじんまりしている。

    「弘法さん」には多くの露店が立ち並ぶ。骨董、陶器、古着、がらくた、など。朝早い時間にはお店を営む業者の人が、それぞれの露店を開く準備をしている。京都は観光の街だ。「弘法さん」の日になると、ふだんより多くの観光客が東寺に訪れる。昼頃には、東寺周辺の歩道も観光客でいっぱいになる。まだ、朝早い時間であれば、ゆるゆると市を楽しめる。

    東寺は真言宗の総本山だ。「弘法さん」は、真言宗の開祖である弘法大師・空海の月命日に合わせられている。空海の法要に参拝者がやってきて、現在の起源となる縁日が始まったらしい。空海は歴史上において、偉大な人物だ。それを、弘法大師ならまだしも、「弘法さん」となれなれしく呼ぶのは失礼な気がする。幼い頃から聞き慣れているので違和感はないが、冷静に眺めてみると不思議な言葉だ。

    関西、特に京都では、言葉の前に「お」を付けたり、言葉のあとに「さん」を付けることがある。「お豆さん」「お芋さん」「お粥さん(おかいさん)」「太陽さん(おひさん)」「おあげさん」「おくどさん」など。これらはすべて自然崇拝を表現した敬語だ。元は、公家などが話していた御所言葉だといわれている。

    「弘法さん」に近いニュアンスのものは「お稲荷さん」かもしれない。京都で「お稲荷さん」といえば、伏見稲荷大社を指し示すことが多い。昔から京都では宗教が身近な存在であった。今でも、それは変わらない。地図にはお寺や神社の記号がところせましと並んでいる。「お」や「さん」を付けると、言葉が柔らかくなり、崇拝するものとの距離を近づけてくれるような気がする。弘法さんという言葉が残り続けているのは、この距離感が保たれてきたからだ。

    古来から、宗教は芸術と密接に結びついていた。東寺では有料の金堂や講堂に入ると、薬師如来や曼荼羅図などの仏教美術を体感できる。外界とは別世界のように厳かな空気が流れている。この世と、仏教の語りかける宇宙がつながっている場所だ。けれど、よそよそしい印象は受けない。宗教がそうであるように、京都では芸術に対してもほどよい距離が保たれてきた。

    「弘法さん」でも、ろうそくの灯りと線香の煙が見える境内のすみで、手のひらを合わせて拝む人々がいた。縁日に参拝すると、常の日よりもご利益があるらしい。「弘法さん」という言葉には、崇拝と親しみ、そんな両方の念が混ざっている。遠すぎもせず、近すぎもせず、ちょうど手のひらにのせらているぐらいの身近な仏教観が、京都には根付いている。

    4月21日の最高気温はぎりぎり30度を超えなかった。それでも、あっという間にゴールデンウイークになり、梅雨の季節が到来し、祇園囃子の音が京都市内に響くようになる。寒い季節よりは暖かい日のほうが過ごしやすいが、うだるような熱気の真夏には底冷えする冬が待ち遠しくなったりするものだ。とりあえず、来月の21日にも「弘法さん」へ行ってみようか。そう思っている。

(執筆:吉川敦)

東寺道(バス停)

朝の弘法市(弘法さん) 石畳

東寺(弘法さん) ろうそく

朝の弘法市(弘法さん) 古着

朝の弘法市(弘法さん) 御手浄めの御水


●東寺(http://www.toji.or.jp/
●弘法市~東寺縁日(http://www.touji-ennichi.com/
最終更新 2018年 5月 11日
 

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