林勇気:overlap |
展覧会 |
執筆: 記事中参照 |
公開日: 2009年 9月 28日 |
京都での個展後すぐに東京での個展を開催し、その後も精力的に活動を続けている林勇気が、今回再び地元京都で新作を発表する。今回は同じ時期にアートコートギャラリー(大阪)と同志社大学(京都)、名古屋での展示も控えている。過去作も織りまぜながらの展示にはなるが、とても多忙な毎日を送ることになるだろう。もしかしたら彼はこの世に二人いるのではないだろうかとまで考えてしまう。 林が二人、そう感じるのは物理的・時間的な忙しさのためだけではなく、作品にもそれは表れている。去年の個展『ちいさなまひ』で見せたクールな一面と『やすみのひのしずかなじかん』での面白みを含む登場人物の動き。どちらも同じ作家の作品であるということは一目瞭然なのだが、一方はユーモラスに世界が動き、もう一方はとても静かな時間が流れる映像であった。それぞれ全体を通してタイプは異なる作品だが、その違いは表層部分でしかなく、作品の根底においては全て通じている。それは彼の制作方法にある。撮影した写真を切り取り、またそれらをひとつの映像へと繋ぎ合わせるということ。つまり全ては現実世界を投影したものなのである。色々な場所で撮影された写真を切り取り、映像の中で一つの世界へと紡ぎ出される。また写真を撮るという行為によって止まった時間が、独特の時間軸の中で再び動き出す。林によって撮影された現実世界の断片が新たに流れる時間の中で静かに動き出す。 今回の作品ももちろん写真撮影後、一部分を切り抜いたモチーフを使用して映像が制作される。しかし今回はこれまでとは少し違う。これまでは現実の世界を映し出していたにも関わらず、実際に写真だと言われなければ気付かないくらいに巧妙に世界が作り上げられていた。だが今回は撮影された現実の世界が背景として登場する。一目で写真だとわかるものを使用することは近作では見られなかったことである。その映像を実際の展示ではiPodtouch を使用し、撮影された背景と同様の場所に設置する。今この目の前にある現実の風景と、林勇気によって紡ぎ出されたバーチャルな世界とが繋がる瞬間、ふっとよぎる不思議な感覚がある。そこは私達のいる世界なのか、それとも別次元の世界なのか…時間も空間も超えて一つの世界へと新たな命を吹き込まれた時、仮想世界が現実世界へと近づいて来る。テレビモニターではなく、小さな液晶画面のスケールの小ささゆえに、その世界へと深く入り込んでしまう。そして画面の中の世界があまりにも巧妙に作り上げられているために、そこが現実世界であるかのように錯覚してしまう。まるでモニターを通すことによって画面上の出来事があたかも現実のことかのように感じられる。まるでバーチャルの世界が現実世界をふわりをかすっていくような…そんな感覚が呼び起される。 これまでにも空間を利用しての展示は行っていた。ある特定の場所でだけ作品としての本領を発揮するものもあった。しかし今回の展示は今までとは違う。ニュートロンでしか展示出来ないものなのだ。ここでしか展示できない、ここでしか体感することができない作品である。「いま」「ここ」に存在するもの存在しないもの。それを体感出来るのも、この二週間という限られた時間だけなのである。/gallery neutron 桑原暢子 全文提供: gallery neutron |
最終更新 2009年 11月 10日 |