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コンダンサシオン:アーティスト・イン・レジデンス展
レビュー
執筆: 宮坂 直樹   
公開日: 2014年 7月 02日

コンダンサシオン展イメージ

キュレーターのガエル・シャルボー
© Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

セバスチャン・グシュウィンド制作風景
Photo Tadzio © Fondation d’entreprise Hermès

《人類》
© Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

アンヌ=シャルロット・イヴェール制作風景
Photo Tadzio © Fondation d’entreprise Hermès

《生ける屍工場―第一幕 操作》
Photo Tadzio © Fondation d’entreprise Hermès

コンダンサシオン展 銀座メゾンエルメスフォーラム会場写真
© Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

コンダンサシオン展 銀座メゾンエルメスフォーラム会場写真
© Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

コンダンサシオン展 銀座メゾンエルメスフォーラム会場写真
© Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

    凝縮、集中、圧縮、要約という意味の「コンダンサシオン」を名に持つ展覧会が、3月20日より6月30日まで銀座メゾンエルメスで開催された。本展のキュレーターはガエル・シャルボー。昨年のヴェネツィア・ビエンナーレ[1]にも参加したフランスの若手作家であるネイル・ブルファの、パレ・ド・トーキョー[2]における展覧会もキュレーションしているフランスで最も注目されている若手キュレーターの一人である。

   本展は、現代美術の若手作家たちが、フランスの老舗メゾン、エルメスの工房でのアーティスト・イン・レジデンス[3]に参加し、そこで制作された作品が展示されている。エルメスは1837年にパリに開いた馬具工房が起源であり、本プログラムは現代美術の想像力と職人技の融合を標榜している。プログラムは4年前から継続されており、2010年から2013年までにエルメスの工房で制作された作品が展示されている。レジデンス・アーティストの選考は、国際的に活躍する4人の現代美術作家によって行われた。フランス語の会話能力があれば国籍を問わず選考の対象となるので、フランス以外にも日本、韓国、イギリス、コロンビア、オーストリアを出身とする作家が参加している。レジデンスの期間は15日から3週間の滞在であり、作家はこの期間、工房の職人と協働して作品を制作する。作家たちが滞在した工房は計10ヶ所あり、作品で使用する素材によって選択された。ガラス工房、金属工房、シルク・テキスタイル工房などがあるが、中でも皮革を加工する工房は多く、サヤ皮革工房、アルデンヌ皮革工房、サン=タントワーヌ皮革工房、ベレイ皮革工房、ジョン・ロブ、ノントロン皮革工房、ピエール=ベニト皮革工房がある。本レジデンスでは個人で制作するときのように制作における各工程の仕上がり具合を作家一人で判断しないので、作業工程で職人にやり直しをせまられることもあるようだ。普段と違う制作状況は、多くの作家にとって新鮮な経験となっただろう。

   さて、展覧会を実見すると、様々な素材とこれらを加工する技術の多彩さに圧倒されるが、特に素材の特性を視覚的鑑賞対象としての美術作品に落とし込んだという点で、皮革工房に滞在した作家の作品に着目したい。その中でもセバスチャン・グシュウィンド、アン=シャルロット・イヴェールはそれぞれ違ったアプローチで、動物の身体の一部としての革の物質性を強く表現した。

   セバスチャン・グシュウィンドは4つのユニットから成る可変型の《人類》を制作した。本作は革とナイロン製のベルトが円形のユニットの構造物を螺旋状に覆っている彫刻である。ベルトで鉄棒が締められ、鉄棒に取り付けられた革の張力によりそれぞれ一回り小さいユニットを支えている。入念に加工された革の接合部分が細部の美しさを作り出している。『ブレーメンの音楽隊』とウラジミール・タトリン[4]の『第三インターナショナル記念塔』から着想を得ているが[5]、異なる動物の革を組み合わせることで鑑賞者に様々な物語を連想させる。グシュウィンドの過去の作品である《Déclaration d’espaces》や《Le même métier》にも、彫刻を構成するユニットを紐状の素材で関係づける構成を見ることができるが、今回の作品では物語を演出するためにも機能していた。彼はアール・ヌーヴォーの聖地ナンシーのエコール・デ・ボザールで学んだ後、建築やスペース・デザイン、プロダクト・デザインの作品も制作しており、現代美術の想像力と職人技の融合という本展の意図を象徴する作家であるといえる。

   素材における力の関係を明快に表していたアンヌ=シャルロット・イヴェールの《生ける屍工場―第一幕 操作》は、壁から突き出ている様な彫刻で、素材の組み合わせが鑑賞者に空間的な緊張感を想像させる。壁に掛けられた紐状の革に、幾何学的な形状の鉄筋コンクリートのユニットが吊られている。一つのユニットは、壁の上部と下部2箇所から吊られることで重量が分散されており、それぞれ約10kgずつの負荷がかかっているという。作品全体の構成はアシンメトリーの原理を用いており、張力のかかっていない革を見せることで、革でコンクリートの構造を吊った部分を強調している。《生ける屍工場―第二幕 欲望の分割》は豚の頭蓋骨を革で封じ込めた作品であり、動物の身体的な内と外の関係を表している。どちらの作品も革と張力が中心的な要素となっているが、それぞれ違った鑑賞の効果が実現されていた。彼女は作品の構成や造形を決定する際、この形、この配置しかあり得ないというところまでドローイングを繰り返すという[6]

   作品の細部に込められた、エルメスの職人の伝統的な技術の生む美しさが見所の一つであるが、作家の素材の特性への感受性、視覚芸術として変換するためのアイディア、そしてこれらを提示するための空間の構成力が際だっていた展覧会であった。ガエル・シャルボーはまた、本プログラムにおける、熟練の職人と協働することで大学での教育を補完する役割を指摘している[7]。本展に出品された作品は、エルメスの素材や技法からのインスピレーションにより、個々の作家の普段の制作から跳躍していた印象がある。若手作家にとって、作家個々の通常の制作では使用していなかった素材との出会い、扱い方や加工技術の経験。これらは作品制作の可能性を広げる経験となったに違いない。

   近代以降、建築やデザイン、工芸は、純粋美術の諸原理を実用品に適応させる応用美術と認識されてきた伝統があった。本展では反対に、エルメスの職人によるバッグやアクセサリー、スカーフといった実用的な製品を作るための技術を、鑑賞されることを目的とした美術作品の制作に応用しているという転換が興味深い。本展に出品された作品は、2013年にフランスのパレ・ド・トーキョーでも展示された。今回の日本での発表後、韓国など世界中を巡回する予定である。



脚注


1 ヴェネツィアで1895年から開催されている現代美術の国際美術展覧会。
2 パリ16区にある現代美術中心の美術館。
3 アーティストを一定期間招聘して、滞在中制作などの活動を支援する事業。
4 ロシア構成主義の代表的な作家の一人。
5 本展パンフレットによる。
6 今年3月、作家来日時の直接インタビューによる。
7 http://www.art-it.asia/u/admin_ed_feature/yWfJFO8wzB6rUb1qkDMj


 

参照展覧会



コンダンサシオン:アーティスト・イン・レジデンス展 エルメスのアトリエにて
会期:2014年3月20日-6月30日
会場:銀座メゾンエルメスフォーラム

 

最終更新 2018年 8月 08日
 

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