宮永亮:地の灯について |
展覧会 |
執筆: カロンズネット編集 |
公開日: 2010年 4月 01日 |
宮永は2009年に京都市立芸術大学大学院造形構想を修了し、修了制作展及び同年8月に開催された児玉画廊での初個展「Wondjina」において発表された同名の映像作品では、宮永の出身地である北海道の空や湖など自然の風景を撮影した実写の映像をソースとして、重ね合わせたり歪めたりと様々なデジタルエフェクトを併用しながら、世界の美しさの根源を捉えました。また同個展にて上映した雨粒が水面に作る波紋の映像を編集して文字やリズミカルな軌跡を描きだすビデオインスタレーション「RAINY LETTER」では、一瞬の、それも非常にミクロな現象を、時間的にもサイズ的にも引き延ばし巨視化して置き換えるという試みを見せました。大学院修了以降、児玉画廊での個展の他「アートアワード トーキョー丸の内2009」(行幸地下ギャラリー)、「ヤング・パースペクティブ2009」(イメージフォーラム)、「NEW DIRECTION 1 exp.」(トーキョーワンダーサイト本郷)への出展、また4月8日から韓国ソウルにて に開催される「move on asia 2010」では「Wondjina」 が出品上映されます。 宮永が「自身の振れ幅を見せる」としているように、今回発表される新作「地の灯について」は、前作「Wondjina」とは対極に位置する作品だと言えます。「Wondjina」では素材として使用された映像断片そのものも非常に精度の高い映像であり、また、それらを元に綿密なエディティングとマニピュレーションによって作り込むと同時に、音楽も構成もプレゼンテーションも、全てに「完成」を求めた映像作品とするなら、今回はあえてラフな撮影方法を取り、一個の映像作品としてではなく、素材として使用した映像も同時に空間内の壁面に投影し、機材や配線をそのままの状態で配置するなど、意図して過程を露呈させるようなインスタレーションとして発表します。
「地の灯」つまり自然ではなく人の営みの象徴としての灯りをテーマに据えた今作は、「Wondjina」のそれとはまるで逆ですが、しかし、仮に世界が何かしらの単位にまで突き詰められるとしたら、それに辿り着く手段を映像を制作する一連のプロセスから汲み取ろうとする宮永の試みは大変興味深いものと言えるでしょう。おそらくは知覚されないものかも知れず、それそのものに辿り着く事は叶わないのかも知れませんが、映像の断片を敢えて歪め重ねる事でその残滓を自然から濾し取ろうとした「Wondjina」と、人間の営みによるズレやブレも飲み込む包括的な光と音の振動として示した今作は、同じく宮永が「単位」と呼ぶ世界の根源を指向しています。殊更、今作においては、削ぎ落とすのではなくむしろすべてを甘受することでそれに近付こうとする、愚直なまでの姿勢と眼差しを向けて。 なお、本展に先立ち、4月2日より開催される京都市立芸術大学のサテライトギャラリー、@KCUA(アクア)の開館記念展「きょう・せい」展において「地の灯について」の別バージョンが出品されます。そちらも合わせてご高覧ください。 ※全文提供: 児玉画廊 |
最終更新 2010年 4月 03日 |