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成層圏Vol.2:増山士郎『行為の装填』
展覧会
執筆: カロンズネット編集   
公開日: 2011年 3月 31日

《The Heart Rocker》2011年
ベルファスト、北アイルランド
画像提供:gallery αM
Copyright© Shiro Masuyama

【キュレーターコメント】迷い犬の流儀 -鈴木勝雄
世界の紛争地帯についての漠然とした知識を持っていても、その緊迫した状況を我が身のこととして想い描くことは難しい。日本と直接関わりのないどこか遠い場所の出来事として聞き流してしまいがちだ。

増山士郎は、現在北アイルランドのベルファストに暮らしている。周知のとおり北アイルランドは、カトリックとプロテスタント、あるいはイギリスからの分離、アイルランド島全島独立を主張する「ナショナリスト」とイギリスとの連合維持を唱える「ユニオニスト」の根深い対立によって分断された紛争地帯のひとつである。

増山は、アーティスト・イン・レジデンスで滞在しているわけではない。フィールドワークの対象として自らすすんでこの地を選択したわけでもない。たまたま、縁あってここでの生活が始まったにすぎないのである。当初は、噴出する暴力に神経が強張り、作品を制作する余裕などなかったはずだ。増山にできたのは、ベルファストを彷徨いながら、街中を走る分断線を知らずに踏み越え、その度に身体を貫く緊張をひとつひとつ覚えこむことだけだった。

二つのコミュニティーの深い溝を目の当たりにすればするほど、増山は自分自身が第三者的立場にあることを強く自覚したことだろう。と同時に、こうした二項対立的に硬直した状況を相対化する視点を提示できるのもまた、第三者の特権であると気づいたのではないか。その時増山は、ベルファストに暮らす異邦人アーティストとしての社会的な役割を引き受ける覚悟を決めたのだ。衝突の現場から距離をとって冷静に観察するアイロニカルな態度を武器に、二項対立的な発想にズレを生み出し、亀裂を入れるという、ほとんど不可能とも思われる賭けに打って出たのである。

北アイルランドのような分断された社会においては、そぞろ歩き自体が、既存の境界線に対する密やかな撹乱行為となりうるだろう。双方のテリトリーを無化することを狙って、不躾な第三のテリトリーを、いわば虫食い状に広げていくこと。それが増山という迷い犬の戦術なのだ。

【作家コメント】行為の装填 増山士郎
創造よりも介入に賭けてみること。それは、現実に対する批判的な実践として芸術活動を捉えることだ。物質に根ざした造形芸術から距離をとり、作家の創造性と機知は、むしろ日常を支配する秩序や規範に介入する方法の考案と、その実践に発揮されることになるだろう。「行為」が突破口のひとつになるはずだ(ここでは「パフォーマンス」という語が内包する上演性を避ける 意味で「行為」というより平板な語を採用する。)それが社会の中に異物として挿入されると、一種の触媒装置となって人々の意識に変化を引き起こす。そこで生じた意味のずれや価値の揺らぎが、堅固なイデオロギーや権力を転覆させる想像力を豊かにする。このような形でアーティストは社会にコミットできるはずだ。

こうした表現を考えるうえで、1960年代から70年代に繰り広げられたハプニング、ボディ・アート、コンセプチュアル・アートなどの様々なパフォーマンス(行為)の実験の遺産は、何度でも反芻すべきインスピレーションの宝庫となるだろう。しかし、学生運動やベトナム反戦運動、公民権運動やフェミニズムに沸いたこの時代とは、社会的、政治的状況が大きく変化しているのもまた事実である。「変革の手段としての芸術」を構想するにしても、60~70年代と現代とでは、その意味も、作家と鑑賞者の意識も、具体的に社会に介入する戦術も異なってくるだろう。いま必要なのは、このような明確な歴史認識を踏まえて、現代における抵抗の実践たる芸術的「行為」の可能性を、アーティストと鑑賞者の対話を通して検討することであり、その身体化された想像力を各自の体内深くに埋め込むことなのである。

2004年からベルリンを拠点として来たが、今現在、北アイルランドはベルファストに活動拠点を移そうとしている。ここベルファストは北アイルランドの首都としてカトリックとプロテスタントの宗教間、英国とアイルランドの領土問題をめぐり争いが絶えることのない地である。ロンドンの日本大使館がひっきりなしにテロに対する注意勧告メールを送ってくるとおり、つい先日もよく行く近所のDVDレンタルの前に爆弾が仕掛けられ近隣一帯が避難する騒ぎとなった。

心配性の日本人が住みたがらないのは無理もない。日本人に出会ったことが一度もないように(現地の男性と結婚して在住する日本人女性は何人かいるようだが)、ベルファスト在住の日本男児はおそらく自分一人ではないかと勝手に思っている。

今まで戦争や紛争の経験などなく、政治に無関心となっていた自分が、このような紛争による危険と隣合わせの環境に身を置いたことで、否が応でも普段から政治や人種や領土などの問題について考えるようなったのは、思えば当然の結果であろう。

今回の展覧会で初めて発表する新作「The Heart Rocker」では、争いによるトラウマのために閉鎖的な白人社会の中で、誰の目にも部外者でマイノリティである日本人アーティストとしての自分立ち位置が浮かび上がってくるのではないかと考えている。

増山士郎 ますやま・しろう
1971年東京都生まれ。1997年明治大学理工学部建築学科大学院修士課程修了。2002年よりポーラ、2004年に文化庁、2009年にポロック財団等の助成を受け、海外主要都市のアーティスト・イン・レジデンスに複数参加。2006年から2007年にかけて日本と香港双方向のレジデンスプロジェクトを企画するなど、オーガナイザーとしての活動も多い。近年の主な個展に2010年「Borderline」(Tenderpixel Gallery、ロンドン)、「Intervention」(市原市水と彫刻の丘美術館、千葉)、「増山士郎作品集2004-2010」(現代美術製作所、東京)など国内外で多数。一貫して社会に介入する様々なプロジェクトを行っている。

※全文提供: gallery αM


会期: 2011年5月21日(土)-2011年6月25日(土)
会場: gallery αM
アーティストトーク: 2011年5月21日(土)17:00 - 18:00
オープニングパーティー: 2011年5月21日(土)18:00 -

最終更新 2011年 5月 21日
 

編集部ノート    執筆:田中 みずき


《The Heart Rocker》2011年
ベルファスト、北アイルランド
画像提供:gallery αM
Copyright© Shiro Masuyama

    宗教問題や領土問題を抱え、緊張状態にある北アイルランド・ベルファストを拠点として作品制作を行う増山による展覧会。展示作は、映像作品2本と、街の模型、そして映像作品関連の展示品と、街の画像である。日本では考え難い政治的緊張が、ニヒルな笑いを込めた作品を通じて鑑賞者に迫ってくる。
    映像作品「Crossing the Border」は、4分。厳戒態勢のスキポール空港(アムステルダム)で作者が小さな挑戦を試みる。現場の政治的緊張と相まって、本来であれば笑ってしまう試みでありながら、笑えないような後味で終わる。やっていること自体は本当に小さな行為なのだが、ずっと観る人の心の隅に残るだろう。
    某ハリウッド映画をもじったタイトルの映像作品「The Heart Rocker」は、街で問題になっている犬の糞の報知への対処を題材としている。家の庭に落ちている見知らぬ犬の糞を、かつては道の外に捨てていたが、この行為を領土や侵入という概念に照らして現地の政治的状況と鑑みた際に糞が「地雷」のようだと思い始めた作者は、爆弾処理班の防護服を着て、犬の糞を処理するようになる。やはり、やっていることはアホであるが、笑った後に考えてしまう。
    日本の若者が海外に行かなくなったと嘆かれる現代において、外に出た者のみが知り得る体験が生かされた作品が並ぶ展覧会。目撃しておくべきだろう。


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